第10章 凍土の胎動
正月明けに、毎年、菖蒲に商売繁盛祈願をお願いしていた実田が、来年もお願いに上がろうと、鶴之丞の屋敷を訪ねた。
門をくぐると、いつにも増して屋敷全体が凍てついたような静けさに包まれているのを感じた。
「これは…」
異様な静けさと漂う気が淀んでいるように感じ、思わず身震いした。
「まぁ、元気ならいいんだが…」
一息ついて、ごめんくださいと声をかけると、玄関先に出てきたのは、菖蒲付きの使用人、おふみだった。
実田はおふみの様子にただ事ではないのを察した。
その顔は、この数ヶ月で一気にやつれ、目の下に濃い隈を作り、まるで冷たい土の中から這い出てきたかのように、血の気がなかった。
「おふみさん、具合でも悪いんじゃないかい?」
「実田様。ようこそお越しくださいました。いえ、わたしはたいしたことはございません。
実田様、本日はどのようなご用件で…?」
「あぁ、いや、何もないならいいんだがね。
今度の正月も、菖蒲ちゃんに商売繁盛祈願で踊って欲しいんだが、なかなかお返事がいただけなくてね。久しぶりだから足を運んでみようと直接お伺いしたんだが、家元はご在宅かな?」
おふみは、実田の要望に、一瞬縋りつくような絶望の色を浮かべたが、すぐにその感情を深く押し殺した。
彼女は菖蒲がこの家に嫁いでくるまで、感情を殺して忠実に仕事をする、屋敷の機能の一部のような存在だった。しかし、舞踊への一途な思いを抱きながら、身や感情を殺してでも周囲に丁寧に接する菖蒲の姿に、おふみは初めて心というものが打たれた。
あの最初の凌辱の日、わが身も顧みず身を挺して守ろうとした日から、おふみは心に決めていた。「この方は、絶対お守りしなければならない」と。
「ああ、誠に申し訳ございません。家元はご在宅でございますが、奥様は、重い病で伏せっておられます。医師の診断により、一切の面会をお断りするように厳命が下されておりまして……」
おふみの声は、まるで凍った水面を叩くように、硬く、震えていた。その口調の不自然さ、そして目に宿る憔悴の色に、実田は違和感を覚えた。