第7章 杏寿郎の本気
「うむ!流石の身のこなしだな」
「もうっ!何するの、杏寿郎さん!」
「すまない。琴音が可愛すぎて」
「え?」
「こういうことをされる覚悟だ」
杏寿郎が微笑みを浮かべた。
琴音は顔を赤くしたまま防御の体勢をとっている。回避できたのは、杏寿郎が自らの意思で自制して、ちゃんと止めてくれたからだと思う。
「君も悪いんだぞ、琴音」
「……?」
「あまり男を煽るな」
「そんなの、わかんないよ……」
「ははは。無意識なところがタチ悪いな」
琴音は杏寿郎から距離をとったままだ。心臓がバクバクとやかましい。
でも、以前隊士に襲われそうになったときのような恐怖心はなかった。
「君のその髪紐。外す気になったら、いつでも俺に言え。共に買いに行こう」
「………え?」
「冨岡だろう。君の心に住んでいるのは」
「……………」
琴音の脳内に、義勇の顔が思い浮かぶ。
その九割が無表情だ。でもその中に、ほんの少し…薄っすらと穏やかに笑っている顔も見付けられた。
「冨岡は良い男だ。強いしな」
恋敵をも褒める杏寿郎。
真っ直ぐな彼らしいその言動に、琴音の警戒も解けていく。
「俺も、負ける気はないがな」
「勝つとか、負けるとか……、そんなことじゃないでしょ」
「そうかもな」
「冨岡は、そんなんじゃないよ」
「そうか」
「優しいお兄ちゃんって感じ」
「ふむ」
「でも杏寿郎さんも、そんな感じなの」
「俺も、お兄ちゃん、か」
「うん」
琴音は杏寿郎の側に座った。しかし、ちゃんと一定の距離をとっている。
「ねえ、杏寿郎さん。少し時間をちょうだい。考えさせて」
「うむ。勿論だ」
「ありがとう」
琴音はホッとしたように笑う。
「驚かせてすまなかった」
「ううん。杏寿郎さんの気持ちは凄く嬉しいから」
「そうか。それならよかった。今日はもう寝ろ。明日も仕事があるだろう」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ」
琴音は杏寿郎に頭を下げ、彼の湯呑を持って退室していった。