第38章 春を待つ
義勇の涙が少し落ち着いたとき、琴音が義勇に話しかけた。
「今日、何の日か知ってる?」
「……?」
「大晦日よ」
「そうか。俺はそんなに寝ていたのか」
「そうでーす。全くもう。私より寝るなんて駄目でしょ」
琴音は義勇の顔を見ないようにして、髪を撫で続ける。きっと彼は泣き顔を見られたくないだろうなと思ったから。
「新しい年を、あなたと共に迎えられることを嬉しく思うよ」
「そうだな。俺もだ」
涙声で喋る義勇。琴音の背中に回している左手にぐっと力を込めた。
しかし、あまりにもひっつきすぎている二人。体重を義勇にかけてしまっていることも、彼の腕に繋がれている点滴も心配だ。琴音は身体を起こそうと腕に力を込めた。
「もう少しだけ」
それを制して義勇は琴音を離さない。
「……甘えんぼさんね」
「何とでも」
義勇は涙で濡れた頬を、琴音に擦り寄せた。
「冨岡、一度離して。ね?」
「…………」
「私もさ、ほら、怪我してる左手潰れちゃってるし。痛いよ?」
「…………」
義勇は渋々といった感じに彼女から手を離した。
琴音はそっと身体を起こすと、袖で義勇の涙をササッと拭いてやった。
点滴残量と彼の様子を見る。
ベッド脇に置かれた診療ファイルを手に取った。
「発熱はなさそうだね。目眩や吐き気はある?」
「特にない」
「痛みは?」
「……右腕」
「痛み止め使う?」
「そこまでじゃない」
「まあ点滴に入ってるけど。じゃあ増やさなくてもいいか」
琴音は足元の布団を捲り、浮腫などを確認していった。
「足りてないのは……お前」
「え?」
「夜月が足りない。……処方してくれ。俺だけに」
「あはは、あいにくそれは処方外でして」
笑いながら、義勇の症状を机に置いたファイルに書き込んでいる琴音。珍しいことを言い出したものだと思った。