第20章 10月31日 渋谷にて
事実に即し、己を律する。
慢心はない。
「二番、霊亀」
水のように変質した呪力が猪野の足元に広がり、滑るように移動してオガミ婆に蹴りを入れようとするが、やはり男が庇い続ける。
反撃してくる素振りはないが、逆にそれが不気味だ。
見立て通り大して強くねぇ。
だが何が何でも身を挺してババァを守りやがる。
何かある……!
急いだ方がいいな。
猪野が更なる攻勢に出ようとしたその時、呪文を唱え終えたオガミ婆に膨大な呪力が降りてきた。
異様な変化に二の足を踏んでしまう。
「もうええぞ」
「分かってるよ、婆ちゃん」
男が小さなカプセルを取り出したのを見て、阻止すべく猪野が獬豸を放つが間に合わず、ゴクリと飲み込まれてしまう。
そしてオガミ婆が唱える。
「禪院 甚爾」
男に向かっていた獬豸が素手で軽々と止められた。
「どうじゃ?孫よ」
「うん、いいよ、婆ちゃん。今までにない」
ざわりと男の姿が変化していき、それを見た猪野は驚愕する。
降霊術による変身!?
あのババア、イタコだったのか!?
……いや、問題はそこじゃねぇ
変身後の男……黒髪に鋭い目つき、右の口元に傷跡。
得物も何も持っていないというのに、今まで感じたことのない異様な雰囲気だ。
なんなんだコイツ!!
有名な術師か!?
立ち姿だけでクソ強ェ!!
「四番、竜……」
しかし、降ろす前に目出し帽を剥かれる。
速すぎて近づかれていたのに見えなかった。
振り向きざまに強烈な打撃が右頬に入り、あまりの衝撃に歯が折れる。
更に1発、2発とまともに入れられ、猪野の意識はそこで途切れた。