第9章 弱り目に祟り目
「……落ち着いたか?」
「……っ、うん」
ひとしきり心情を吐露したなずなは、涙を拭ってうなずいた。
2人が梔子駅を出ると、ロータリーに伊地知が待っていた。
「伊地知さん、どうして……?」
「釘崎さんから連絡があったんです。とりあえず、お二人ともこれで身体を拭いてください。そのままでは冷えてしまいます」
そう言ってタオルを渡してくれた。
濡れた服で車に乗るのがためらわれたが、気にせず乗ってくださいと言われ、後部座席に乗り込んだ。
なずながドアを閉めようとすると、伊地知にその手をやんわりと止められた。
そして、伊地知が諭すように優しく話し出す。
「渡辺さん、人の命というのは客観的に見れば平等です。しかし、主観的には違います。その人との関係性によって命の重さは変わります」
より親密な人、恩人、尊敬する人、関係性が深いほど、自分にとってその人の命の重さはそうでない人より重くなる。
「呪術師というのは死と隣り合わせの職業。命の重さを天秤にかけなければならない場面が多くあります。補助監督の私が言えた立場ではありませんが、非常に難しい命の選択から渡辺さんは逃げず、そして間違えなかった」
今まで補助監督として、たくさんの呪術師を見てきた。
過酷な任務で精神をすり減らしてしまう者もいる。
中でも学生は力も経験も足りず、心も傷つきやすい。
彼女はその学生の中でも特に優しい性格をしている。
今回の任務で心が深く傷ついたことも想像に難くなかった。
命の選択―
命の重さをかけた天秤から目を背けないこと。
助ける命を選び取ること。
何を選択したとしても、大なり小なり後悔が残ってしまう、まだ10代の学生には重すぎる選択。
「渡辺さんはその選択の責任を感じていると思います。しかし、それは渡辺さんひとりにかかっているものではないのですよ」
ひとりでその後悔を抱える必要はない。それを支える者もいるのだということをなずなには知っておいてほしかった。