第1章 チェンバロ
退屈だ。
金にも男にも困ってない。
だからって毎日が有意義なものだとは限らない。
ずっと待ってる。
一晩中。
誰をって、モーツァルトを。
それもまだ、イタリア旅行へ行く前の、そう12歳の頃の。
若くして才能溢れる彼のその指に、
神童と呼ぶにふさわしい彼のその指に、
触れてもらえるのを待ってる。
チェンバロになって、そう、一晩中。
私の身体を、私の心を、
骨の髄から悦ばせてくれるような、そんな男を。
最初に言った通り、金には困ってない。
だから金も地位も求めてない。
ただただ私を悦ばせてくれる男を、待ってるの。
ほら、そんなふうに眠れない時ってない?