第2章 視界から呪いへの鎹
9.
ドアは既に龍太郎の片腕で全開にされていて、ど真ん中に龍太郎が立っている…つまり、ドアを閉められない・通り抜けられないと理解している。人がひとりしか通れないドアの幅……そこから出るのは無理と悟った。
幸いにも浴室は広いから、そっちに逃げるしかない。広いからといって温泉施設みたいな露天風呂など無いから、外に出ることは出来ない。だから撒いて、脱衣所に逃げ切れば良い。
「さて、と…」
片手でしゅる、と音を出して緩められるネクタイ。
気合い入れてる声じゃないか、今のさてとって!
片手が伸びてきたのを躱して、浴室内に逃げ込んだ。片手でバスタオルを抑え、後ろから追ってくる龍太郎から逃げる。
「じっとしていた方が良いかと」
『良くないっ!』
バシャッ、バチャッと飛沫を上げてバスタオル一枚の姿で湯船の壁際へと寄る。
一瞬躊躇ったような龍太郎がスーツ姿のまま追い、手を延ばしながら来る。余裕が無かったのか靴下のまま。
その完全に着衣の状態でザバンッ、と浴室に私を追いかけてきているんだ。広くて良かった、屋敷のお風呂……!狭かったらとっくに捕まって、捕まった後は……考えたくない。
ザバッ、ザバザバ、とお湯を吸ったスーツが重そうで、私はその彼から避けて湯船から上がる。
「逃げないで下さいよ、」
『来んな、変態野郎っ!』
お湯を吸ったバスタオル程じゃないだろうけれど、ザブザブに浸かったスーツは動きづらそうだ。それがまた助かる。
けれども右手首を力強く掴まれてクンッ、とバランスを崩した。後ろは浴槽にまだ居る龍太郎。
『…あ』
ドボンッ、と脚が湯船に飛び込むように叩きつけられて、水面に一度沈んだ気泡がしゅわしゅわと上がってきた。
私はもう、龍太郎に捕まってしまった。
『……うっ、』
後ろに倒れ込むように引っ張られて、片手が腹部にしっかりと回されてしまった。もう片手は私の右手をがっちりと掴んでる。
まずい、まずいまずい、本気でまずい…!脚で、踵で後ろの男を何度も蹴るも太もも程の深さの湯船では威力が死んでびくともしなかった。
ザバ、バシャ!とお湯がお湯が騒いだだけ。
「時間を掛けると五条様に怪しまれます、さっさと済ませますね」
『やっ、やだ…!やだやだっ、止めてッ!』