第8章 スキルアップ
明らかに1.5倍はご機嫌だな…。
私はそんな準備万端の彼にとても残念なお知らせを告げなければいけない。トイレから出て手を洗い、濡れた手を拭きながら鼻歌混じりにコンロの前にいる悟に近付いた。
振り返る、薄い色のサングラスの青は優しい視線だ。
「おかえりんこ、うんこ出た?」
『ちげーよ?』
そりゃ戻るのが小にしては遅いと思われたかも知れないけれど。
遅くなった原因があるからであって決して大ではないし。
ただ、お腹は少し痛いのは同じだけれど。少し声量を押さえて続ける。
『あのさ…』
「ん?どうした?お麩とか入れる?」
『そういうんじゃなくって』
すっ、と自身の腹に手を当てる。
その様子で悟は片手はお玉(灰汁を掬ってた)を握ったままで、もう片手で口元に手を当てて何かを察していた。
『私、』
「いい、言わなくても分かる!その様子だと……」
ポコ、ポココ…と鍋の音。そろそろ鶏団子を入れたい所だけれど話始まったからこっちを優先しよう。
沈黙の中に悟はキリッと表情を整えた。何を理解してんだ、この人はよぉ…何となく嫌な予感はするけれど。
そして口元を抑えた手で私の腹に手を当てた。というか、じんじんと痛む腹に当ててた私の手に重ねた、が正解なのだけれど。
水に濡れた手はひんやりというよりも、悟の体温程にぬるくなっていた。
「つまりお腹に僕との子供がデキちゃった、という訳でしょ?」
『いや、生理だけど?』
キリッとした表情は私の目の前でゆっくりと変化を始めていく。
『なにそのこの世の終わりみたいな表情はさー』
さっきまでのよそ行きの表情はどこへやら。口元を歪め、眉間に皺を寄せ、目元をチンピラ仕様と化した悟。本当にこの人は表情豊かだなー!
「なんで!?どうして!このタイミングでだよっ!?」
『何でって、ルナってたでしょ。予定日ぴったりですけど何か?
今日からだからお風呂一緒に入るのはしばらく遠慮しますっと。あと、色々配慮して一緒に寝るのも控えた方が宜しいかと』
更に変顔の領域展開をした悟の手からお玉をむしり取り、食材を少し避けさせて、トイレに行く前に作っていたボウルの中身……虎杖シェフ直伝のレシピの肉団子を、大きめなスプーンで鍋にポト、と入れていく。