第40章 悔いのない人生を
ミシ、ミシミシ…、と木がいくつかの根っこを引きちぎる音。そのままこちらに向かって近付く巨木。
僅かに風を切る音が迫った時に私が座っていた所は流砂に巻き込まれたように、霧の向こうから土や砂が落とし穴に飲まれるように迫ってきていた。
……なんだろう、纏める主の最後の呪力も尽き、遂に形を保てなくなってしまったのかな。
領域の維持よりもここよりもずっとずっと下の世界に力を入れ、地上にある呪力が無くなってしまったんだ。私は私のままに、倒れる木に当たるより前に座る足元から地面ががらがらと崩れ堕ち、座る場所が消えて私も一緒に落ちていく……。
『……やっと、かぁ』
落ちながらに見上げた空は霧の輪のフレームを着けた夕焼け。生を感じる朝や昼を通り過ぎ、死を感じる夜も無い、曖昧な時間帯。
それが今、止められた時間が動き出したように黄昏時を迎え、オレンジ色から移り変わろうとしてる。その逢魔ヶ時が周囲全てを黒に塗りつぶした、無の世界で小さくなっていく……──。
僅かな光源となってるそのさっきまで居た夕焼けのみの世界。それに照らされるは、枯れ木や墓石が共に落ちていくのだけれど領域の呪縛から解かれたんでしょ…、着物を来た女性初代の鎹や初老の男性、下を見ればたくさんの女性たちが小さく落ちていくその白装束が、夕日の明かりに反射してまるで星みたいに見えた。
これで終わりか、とても長く感じたけれど現実ではどれくらいの時間だったんだろう。初代から続いた死後の魂を縛る空間の崩壊後、後は踏ん張る大地の無い、このとにかく下へと続く奈落の果てへと落ちていくだけ。
落ちた後はどうなるのか分からない、叩きつけられる大地が待ってるのか、水があるのか、地獄であれば煮詰めた大地……マグマの海が待ってるのか、とか…。
頭上の明かりが逢魔ヶ時から夜になるのを見届けた後にもう見えない青い薔薇をぎゅっと胸に抱きしめて落ちていく。手に薔薇を抱えてる・触れてるって感覚はないけれど、最後に見えた明かりの中では確かに手の中にあったから、"抱き寄せてるつもり"で感覚の無いままに私はこの手に想いを寄せている。