第40章 悔いのない人生を
指輪を贈られてプロポーズをされたあの日が懐かしいな、と思えば視界を遮られる。渡されたばかりの薔薇の花束が互いの胸で挟まれて潰れそうになりながらも、恐らくは背中から抱き寄せているであろう、目の前の胸元に香りを感じられない事が凄くもどかしくて悔しく、悲しい……。
「久しぶりだね、ハルカ。ずっと、ずっと…逢いたかった……っ」
『……うん、私も悟に逢いたかったよ』
がさ、と音を立てせっかく受け取った花束が今にも潰れそうになってる。きっと私の背から彼へと抱き寄せる力を強めてるんだ。実際にはその体温も触れている場所も分からないけれどその彼からの抱きしめる中、頭上からは鼻を啜りながらも嗚咽をあげる悟の声が聞こえる。
「──馬鹿野郎……っ!どうして…、どうして俺を置いて先に逝ってんだよ……っ!婆さんになるまで生きようって俺、散々言っただろっ!あの時のオマエのお腹には、新しい生命だってあったのに!ハルカは、俺の死を受け取ったからその生まれてくるはずだった子供もオマエも……っ、俺は一度に二人も大切なものを失う事になったんだぞ!?」
『ごめん…』
「俺は…!こうなる事の為にオマエの全てを貰うって言ったんじゃない!」
『……っ』
そう悟が私を責めるのも仕方ない。私だって、年老いて逝くまで悟の側で生きたかったし、授かった子だって元気に産んで、家族がまたひとり増えた家庭で楽しく皆で過ごしたかった。
八人の子供と私達夫婦…十人となる大家族だなんて、とっても賑やかだったろうね?
……でもさ?そこに悟が居ないのは辛いじゃん。私の出来る術式ではその彼の死を否定する事が出来、それで悟に生きて貰えるなら。死んだ彼に意見はもちろん聞けないし私の独断の願いのままに大切な悟には生きて欲しかったし、その代償として私は死ぬ事を選んだ。
『……ごめん、本当にごめんなさい』
ありがとうを生きてた時に録音して伝えて、ごめんなさいを今になって唇から飛び出した。はっとしたような息を飲む音。小さく呻く悟は、はあ…、とため息を吐いて。