第36章 私達だけの世界
「……置いていかないよ。僕がこんなに甘えんぼな奥さんを置いていくわけがないだろ?ただ、少し傑に付き合うだけだから」
すぐ戻る、と安心するような事を言って三週間も戻らなかったその口は、今もまた私を安心させるように緩く弧を描いてる。
その優しい笑みが不安にさせた、だからせめて私達を繋ぎ止めるモノが欲しい。指輪でも私のお腹の子供でもなく、心に安寧をもたらすもの。もしも遠くに出掛けてしまっても言葉を交わせるように…。
『例え戻るのがすぐだとしても携帯は持っていって。何かあっても連絡つくでしょ』
「ん、分かった、行ってきます」
腕を掴まれたまま、悟は屈んで座ったままの私を触れるだけのキスをして。
至近距離で微笑み、耳元で悟は囁く。
「オマエは部屋で待ってて。僕らのハネムーンのハルカのベストショット、決めて待っててよ。
本当の本当に前みたいにどこかに居なくなるわけじゃない、絶対に今日中には戻るから……ね?オマエの幸せだと思える最高の一枚を僕にだけ教えて?」
机に置いた写真の入っている紙袋を指す悟。留守番させる言い方や扱いがとっても上手いもんだな……、と苦笑いも出るわぁ…。
今度という今度こそ、置いていかれないと信じたい、いや信じよう。大きく頷いて掴んた手を私は離す。きっと今日中に戻ってきてくれるから……。
だから、私は笑顔で傑を追う悟を送る事にした。
『ん、任せて。絶対に悟に勝てる一枚を用意してるから!そして勝ったら美味しいものをごちそうして頂きます』
私の笑顔に反応するように、送る彼もとても良い表情でにこっ!と笑う。きっと、今度こそ置いていかない笑顔なんだと信じられるような彼の笑み。
「そっか!オマエが僕に勝てたら楽しみにしときな!僕も勝てる一枚用意してオマエにダーリン呼びをさせるからね~?」
調子の良いテンションでそう言い残して急いで傑の後を追いかけ出掛けてしまった彼。今度こそ悟を待って、おかえりって迎えられる確信を持ってもう一度いってらっしゃいとその背を送った。
──後に分かった事。
死ぬつもりで私を殺そうとした男は拷問中に死んだ、らしい。