第34章 その男の名は……。
いつまでも見ていたい、この沈黙はハルカによって破られた。
少し不満げな顔で、座布団の他に自分の腕を枕にして僕を見てる彼女。
『せっかく温泉旅館に来たんだからお風呂入ろうよ。部屋にあるんでしょ?』
ああ、そうだった。忘れちゃいないけど全てがどうでも良いって思えるくらいにのんびりしちゃっていたな…って。
僕は体を起こして自身をぎゅっと抱きしめるようにしてハルカから引きつつ、乙女になった気分で騒ぐ。別にこの子は性的に興奮して襲うような子じゃない、むしろ僕からいつもがっついているけれど。からかって反応を見たいんだもん。
結婚したって、子供がデキたって。好きな子に構って欲しいのはいつだって変わらない。
「僕に対する肉食獣みたいな視線を察知!いやんっ!僕、ハルカに食べられちゃうのかもっ!?」
『誰が肉食獣(ケダモノ)を襲うか。ほら、馬鹿言ってないで行くよー』
起き上がったハルカが立ち上がって僕の肩にそっと触れる。そんな彼女を見上げて僕も急いで立ち上がり、窓辺の温泉へと向かった。待って!って。
服を脱いで見れば明らかに以前のハルカの全てを知っていれば違和感を感じる。毎日見てるから見慣れているけれど、ある日突然記憶の中の以前の姿と照らし合わせてお腹の膨らみが大きくなってるって気が付くんだ。
……ぽっちゃりとも見えるかもだけどさ?(「やーい、マフィントップ~」だとかそんな事言うと技を掛けられるから言わないよ?)
ちゃぷん…、と湯に浸かり、絶え間なくチョロチョロとお湯が流れ込む癒やしの光景。
明るい内から温泉に入ってるとか贅沢だなあ。ヒノキの木枠に凭れながら、同じく体を預けて空を見上げるハルカを見る。最近、こういうデートしてなかったもんね。サプライズの休みを堪能してる、嬉しそうなハルカを見ていれば僕も嬉しいんだ。
彼女の視線が空から僕へと降りてきた。
『なんか、夢みたいだね』