第61章 春三日
三日目の朝。やはり目覚めは悪い様で、まだ目はしっかり閉じられていた。あ~、綺麗な顔。兄もパパに似て整った顔をしているけど、アオイとは違った印象だ。身内と他人の違いだからだろか。
「莉緖からおはようのキスしてくれてもいいのに。」
「えっ?お、起きてたの?」
「今起きた。」
身体を起こすと、雑に頭を掻いている。と言っても、綺麗なウエーブのかかった紫色の髪は直ぐに元に戻るのだけど。形状記憶でも標準装備されているのだろうか。
そんなアオイが、私に視線を向ける。
「どうかしたか?そんなに俺を見詰めて。」
「ううん、何でもない。さ、起きて準備しなくちゃ。」
アオイに倣って体を起こすと、肩を抱かれては触れるだけのキスをされた。アオイは、キス魔かもしれない。
「フフ、そうやって直ぐ赤くなるの可愛いのな。名残惜しいけど、準備するか。」
今朝はハムソテーとオムレツに野菜サラダと茸のスープにバターロールと、洋の朝食の定番。
「莉緖の野菜、本当に美味いな。って、朝からこの量の野菜の取得って、食べ過ぎか?」
空っぽになった野菜サラダが入っていた器を見て、食べ過ぎかと気にしている。
「これくらいなら許容範囲だよ。」
「その言葉信じるぞ?あ、食べたら病院に行って来る。まだちゃんと片付いてないし目を通しておきたい書類もあるからな。何かあったら、俺のところに駆け込んで来い。」
「うん、ありがとう。」
彼を見送ってから、私は畑へと収穫に行く。お気に入りの帽子を被り、春野菜を収穫しては出荷箱に入れていく。
「やばい・・・楽しい。そして、美味しい。」
ママが言っていた、収穫時の摘まみ食い。ラディッシュがやばい。やはり、ママの子ってことなのかな?パパも、そういうママが可愛いって言っていたものね。
アオイも私のこと、可愛いとか思ってくれているかなぁ?そうだったらいいな。なんてことをニヤニヤしながら、野菜の収穫を続けた。
正直に言って田植えをしなくて済んだのは有難い。きっと、パパが実際にやって大変だったからかもしれない。何処までも娘に甘い。
どのタイミングで元の世界に戻れるか分からないけれど、今はこの生活を楽しもうと思う。ん?玄関に誰か・・・あ、目が合った。
私に気付き駆け寄って来たのは、宿屋で働くレイチェルだった。何故か、顔が怖い。