第59章 春の初日
「ん?ここは・・・。」
目を覚ました時に、視界に入って来たのは私の部屋ではない天井。そして、私を覗き込む一人の男性。
「だ、誰?」
「俺はアオイ。この村の医者として派遣されて来た。」
「お医者さん?」
ゆっくりと体を起こすと、背を支えてくれた。
「あの、私はどうしてここに?」
「挨拶周りをしている時に、家の裏で倒れていたのを俺が見つけて運んだ。勝手に家の中に入ったのは悪かったと思うが、事情が事情だったから許してくれ。」
「倒れて?」
改めて辺りをキョロキョロ見回せば、覚えがある部屋だと言うことに気付いた。ここ・・・ゲームの中の私の部屋だ。
「村の住民から聞いてはいたが、大層働き者だと聞いている。だが、無理は良くない。」
「すみません。お世話になりました。」
お礼を言った時、腹時計の音が鳴り響いた。私のものではなく、彼のものだ。
「あ、私に付いていてくれたから食事が取れなかったんじゃないですか?すみません。」
「気にするな。医者としては当然のことをしたまでだ。」
「よ、良かったら、何か食べて行って下さい。」
ゲームのままの世界なら、冷蔵庫には色々と入っているはずだ。ベッドから起き上がれば、痛い所も怠い所もなかったので食事を振舞うことにした。
「すまないな、気を使わせてしまった様で。」
「いえ、お世話になったので気にしないでください。あの、食べられないものはありますか?」
「いや、特に甘すぎるものでなければ問題ない。」
キッチンには、私が誕生日に買ってもらった調理器具セットが存在していた。ちょっと歓喜に沸いてしまう。冷蔵庫の中を確認すれば、やはりゲーム通りにたくさんの食べ物が入っていた。
今なら、ママが言っていたことがよく分かる。ゲームの中の私、グッジョブである。
パパがよく作ってくれたオムレツと種類が豊富な野菜サラダ。オニオンスープに大好きなサンドイッチ。彼の前に並べれば、目を丸くしていた。
「これは、凄く美味しそうだ。」
「すみません、男性なのにガッツリしたものじゃなくて。」
「いや、十分だ。早速いただこう。」
彼の所作はとっても綺麗だった。食事を一緒にしながら、私たちはお互いのことを話した。彼はつい数時間前にこの村に、医者として来たばかりだと分かった。