第8章 海で
「………ほんとに?」
「………やっぱり、やめときますか?」
「絶対にイヤ。でもゴメン。ちょっと待って」
そう言って立ち上がって、私に背を向ける。
今度は私が黒尾さんを待つ。
私がやっぱり断ると思っていて、びっくりしているのかもしれない。
「……ゴメン。めちゃくちゃ嬉しくて、動揺してる」
はぁ。ってため息をつきながら、また、私の横に座り直す。
「たぶん、これからも迷惑かけると思うので、先に謝っておきます」
「大丈夫。5年長く生きてるし。ちゃんと、受け止めるから」
「お世話になります」
「はい。お世話します」
そのやりとりがなんだか可笑しくて
二人で顔を見合わせて笑った。
「……今日、初めて笑顔見れた」
「……あ、そうかもしれないです」
「佐藤の笑顔みれて、よかった。
あーーー、喉カラッカラだわ」
そう言いながらすっかり冷たくなっているだろう缶コーヒーのプルタブを開けて、コーヒーを飲む黒尾さんを隣で見る。
「……恥ずかしいからそんなに見ないで下サイ」
「私なので気にしないでください」
「何言ってんの。好きな人だから緊張しマス」
そう言われて今度は私が恥ずかしくなって。
思わず下を向く。
「黒尾さん、ズルイです」
「ん?」
わかってるのか、わかってないのか。
「急にそんなこと、言わないで下さい」
「思ってることを口にしただけですぅ~」
わかって言ってる………
「じゃあ、私も。
…………黒尾さん、好きです」
「ちょっと………。それはダメ。反則」
今度は黒尾さんが頭を抱えて。
二人して何やってるんだろうって
また可笑しくなった。
なんだこれ。
幸せな気持ちで心が満たされる。
頭を抱えていた黒尾さんがチラッとこっちを見て、笑っていた私と目が合う。
その表情が優しくて。
仕事の時とはまた違う、黒尾さんの優しい顔。
黒尾さん、こんな表情するんだって。
お腹の下の方から愛おしさが込み上げる。
「ねぇ、佐藤?」
「はい。なんですか?」
「………キス、してもいい?」
「………そんなこと、聞かないで下さい」