第8章 海で
正直、黒尾さんに惹かれてる。
というか、今更かもしれないけど、惹かれない方がおかしいってことに気づいた。
これも本当に今更らだけど、社内で人気なのも、さおりが黒尾さんが理想だっていうのも、納得。
だけど私はこんな状態で、未だに元彼のことで取り乱してしまう。
もう大丈夫だって思っていたけど、全然大丈夫なんかじゃなかった。
そんな状態で黒尾さんの好意に甘えて、ましてや付き合うなんて
そんなことできないって思ったけど。
黒尾さんは、それでもいいと言ってくれた。
もし。
黒尾さんに彼女ができたら。
他の人とお付き合いをされたら。
たぶん私はショックを受けるだろう。
私でいいのか?
付き合って、やっぱり違うって言われたらどうしよう?
たぶん、立ち直れない。
そんなことをグルグル考えていたけど、思い出した。
黒尾さんは、そんなことを言う人じゃない。
3年一緒に仕事してきたんだ。
私自身が1番知っているじゃないか。
恋愛って、怖いって思った。
こんなに行き場のない感情の処理の仕方、私じゃわからない。
だけど、黒尾さんなら。
もし、何か起こっても、ちゃんと解決してくれるし、処理の方法を教えてくれるんじゃないかって。
まだ、迷いはある。
怖い。
だけど、上手く言葉が出せない、色んなことが上手く出きない私のことを、こんなにも待っていてくれる人なんて
もういないと思う。
いつの間にか深く色を変えた世界は、いっそう空気が冷たくなっていた。
一度、大きく深呼吸をして。
冷たい、潮の香りを含んだ懐かしい匂いを身体いっぱいに吸い込んで。
そして、覚悟を決めて。
「………よろしく、お願いします」
声がかすれて、振り絞って出した声は思ったよりも小さくて
震える声は波音に消されてしまった。
どうしよう。
もう一回、言う?
なんて考えたけど。
鈍く響く音に、反射的に音の方を見ると。
たぶん黒尾さんの手の中にあった缶コーヒーが落ちた音だと気づいて、目を大きく開く黒尾さんの表情から。
"ちゃんと"聞こえていたと。