第74章 海で.2(黒尾)
「あーーーーーー!緊張した!」
「そうなんですか?」
目の前の奈々は
泣きながら笑ってる。
その涙をそっと拭う。
「緊張しないわけないじゃん。
……………って、げっ」
あーーーーあァ
伝えることに精一杯になっていて
肝心なモノを渡しそびれていることに気づく。
「なんですか?やっぱりやめるんですか?」
んなわけ。
でも
「イヤ、あーーーーー最悪だ」
どんだけ余裕ないんだよ。
思わず頭を抱えて宙を仰ぐ。
「ゴメンな?」
スマートにできなくて。
「………何が、ですか?」
右のポケットに手を入れて
昨日からずっとそこにあったモノを取り出す。
「………コレ」
やっとポケットから出せたのに
完全に出すタイミングを間違えている。
「プロポーズの言葉と一緒に渡す予定だったんだけど。
ゴメンな?」
ホントーに。
「なんで謝るんですか?
謝らないで下さい」
「ゴメンな?………あ
…………いいや。左手」
奈々の左手を取って
「これからも、よろしくお願いします」
そっと、奈々の左の薬指に通す。
よかった、ピッタリ。
奈々を見ると、一生懸命
涙を堪えようとしているように見えるけど
だけど、結局堪えきれなかったようで。
いつもだったら泣くなって言ってるんだけど
今日は、涙を流してくれることがどうしようもなく嬉しい。
しばらく涙が止まらない奈々を抱きとめて、
そっと背中をさすった。
「黒尾さん、ズルいです」
「なんで?」
なんで?と聞くと
なぜか奈々は
少し走って俺から離れて
「指輪まで、用意してくれてて!」
ちょっと離れたところから
両手を広げて大きな声でそんなことを言われて。
嬉しそうにしてくれている奈々に
俺の口元も緩む。
奈々のところまで歩いて、手を繋いで
二人一緒に、散歩を再開。