第72章 お盆休み(海で)
「あーーーーーー!緊張した!」
「そうなんですか?」
まだ、涙は止まらなかったけど。
笑いながら応える。
「緊張しないわけないじゃん。
……………って、げっ」
「なんですか?やっぱりやめるんですか?」
今更そんなこと言われても困るけど。
「イヤ、あーーーーー最悪だ」
おでこを抑えながら宙を仰いで
なんなら最悪だって言葉まで添えられて。
………なに?
「ゴメンな?」
で、謝られた。
「………何が、ですか?」
聞きたいような、聞きたくないような。
思わず眉間にシワを寄せる。
「………コレ」
ポケットから取り出されたのは
指輪。
思っていたのとは違う展開に
思わず力が抜ける。
ただ、心臓はギュッとなる。
「プロポーズの言葉と一緒に渡す予定だったんだけど。
ゴメンな?」
「なんで謝るんですか?
謝らないで下さい」
「ゴメンな?………あ。
…………いいや。左手」
黒尾さんの手が私の左手を優しくとって
「これからも、よろしくお願いします」
黒尾さんの優しい声と一緒に
左の薬指にスッと通る、無機質な質感。
そして、左の薬指に通された指輪を見て。
どうしようもなく嬉しくて。
やっぱり今日は
泣くのを我慢するのは
ちょっと難しそう。