第63章 過去(黒尾)
一年前
福岡に転勤になった時
初めて仕事で、気持ちの面で大変だと感じた。
だけど、そんな俺に奈々は寄り添ってくれて。
奈々も、
新しい部署に異動して、新しい仕事が始まって。
あいつも大変だったはずなのに
週末、予定になかったのに福岡まで来てくれた。
寝坊した俺に、休んでくださいと言ってくれた。
だけど、去年の6月末から
終電と帰れない日々を繰り返していたことを
俺は知らなかった。
"大変です" とは聞いていた。
だけど、泣きながら内線がかかってきたあの日
ここまで追い詰められていたのか。と
そして、やっぱり俺は
それを知らなかった。
気づけなかった。
最悪だ。
自分のことで精一杯だった。
理由は、たったそれだけ。
…………最悪だ
泣いている奈々に、会議室でって伝えたのに
一刻も早く、向かいたいのに
タイミング悪く、クライアントからの電話。
できるだけ手短に済ませて
エレベーターを待つ時間すらもどかしくて、
階段を駆け上がった。
会議室の前では
小さく座り込んだ奈々が泣いていた。
その姿を見て、
俺も泣きそうになった。