第61章 6月上旬(おにぎり宮.2)
…………ほんとにね
「今の仕事の前は、黒尾さんと一緒に仕事されてたそうですね。
黒尾さんも、佐藤さんの仕事は丁寧だって言われてましたよ」
にっこりと笑いながらそう言われて
少しだけ、ズキンとした。
「黒尾さんにそんな風に言ってもらえるなんて、嬉しいです」
何度か褒めてもらったことはある。
だけどそれは、
私たちが特別な関係だったから
教えてもらえただろう言葉であって。
目の前のグラスは、2杯目が空こうとしている。
「赤葦さん。質問してもいいですか?」
黒尾さんへの気持ちに嘘をつくのは
もうやめようと思ったけど、
だからって何をするわけでもないし。
いや、アキくんにはちゃんと話せって言われたけど
だけどそもそも、どうやって
黒尾さんと話せる場を設けるのか。
いや、私から誘うしかないんだけど。
…………無理じゃない?
ウン、無理。
何度考えてみても、結局 "無理" ってところにたどり着いて
何も前には進めずな日々だった。
「もちろんですよ」
「ありがとうございます。
あの、赤葦さんって奥様と結婚するの、苦労されたんですか?
あ、無理には大丈夫です」
「大丈夫ですよ」
失礼なことを聞いていることはわかってる。
だから、笑顔でそう言ってくれてホッとした。
「そうですね。なかなかハイと言ってもらえませんでしたね」
やっぱり苦く、
懐かしそうに笑う赤葦さん。
赤葦さんのこの表情、なんか好きだなぁ。