第50章 11月(松川)
一静さんはIT関係のお仕事らしい。
ITってよくわからないです、と正直に言うと
俺も。って返事が返ってきた。
それから当たり障りのない会話をして
ただ、その空気が心地よかった。
「よく一人で飲むの?」
「いえ、今日が初めてです。
だから時間の使い方がわからなくて。
本、読んでました」
「そういうこと」
あ~納得。って顔
「何がですか?」
「いや、こういうところで本読んでる子、珍しいな~と思って。
ちなみに何読んでたの?」
「こういうやつです。
ちょっと仕事の参考にと思って」
「へぇ~見せて?」
「どうぞ」
私が渡した本を、彼がパラパラとめくる。
「俺も読んでみようかな」
「本、読むんですか?」
「まぁ、たまに」
そう笑いながらグラスを傾ける長い指とその表情に
思わず目を奪われる。
「そういえば、奈々ちゃんっていくつ?」
「もうすぐ26です。
一静さんは?」
「今年31。
もうすぐってことは、誕生日近いの?」
…………………。
スマホを確認
「あと、40分後です」
あと40分で
26歳になる。
黒尾さんと過ごした25歳が、終わる。