第3章 恋に師匠なし術師に師匠あり
「おいおいおい、微々たる呪力がブレてんぞ?」
『・・・・・。』
「おーい、花子?聞こえてる?てか何してんの?」
寮の共有スペースにあるソファに座っていると、外に出かけていた五条がちょうど帰ってきた。サングラスをずらして、蒼い瞳と目が会うや否や、この調子だ。
自動販売機の横にある時計は午後9時を指していて、自分でも驚いたがなんと私は1時間近くもここでボーっとメロンソーダを飲んでいたようだ。
「いーの飲んでんじゃん。一口ちょーだい。」
許可もしていないのに、五条は私の手からメロンソーダを取り上げるとドカっと音を立てて隣に座る。そして温くなったソレを口に含んだ。
「うげー、まっず!めっちゃ温くなってるけど、」
『・・・あ、間接キス。』
「はぁ?いつも回し飲みしてんじゃん。今更気にする?」
それでも何も答えない私に痺れを切らした五条は、まじで何かあった系?と顔を覗きこむ。五条には絶対言いたくないが(言うつもりも毛頭ないが。)五条の言葉を借りるなら、まじでなにかあった系だ。
数時間ほど前、クラスメイトの夏油傑にキスをされたんだ。なにかあったどころの騒ぎじゃない。傑にとっては何でもないキスだったのかもしれないが、私にとっては歴としたファーストキスだ。
そう言えばファーストキスはレモンの味がすると聞いたことがあるが、レモンの味など全くしなかった。無味だった。いや、そんなことはどうだっていい。
問題はそのあとだ。
フリーズしてしまった私に、傑はただ“すまない。あまりにも花子が可愛くて、ついね。”なんて世の女の子が聞いたら惚れてしまいそうな歯の浮くセリフをツラツラと流暢に並べて。私の頭はパンク寸前だ。
そもそもだ。
私と傑は付き合っていない。キスって付き合ってる2人が愛を確かめ合う行為なんじゃないの?あれ?私、軽い女だと思われてる?そう答えの出ない問いを小一時間ずっと考えて今に至る。
「何があったか知らねぇし、言いたくないなら聞かねぇけど、早く寝ろよな。」
お先、そう付け足すと私の頭を大きな手でいたずらにポンと叩く。痛いなぁ、と言い返したかったが、五条が通り過ぎる際いつもと違う香水の匂いが鼻を掠めて思わず口を噤んだ。