第2章 体術体術ときどき座学
「悟の家、あれでも結構複雑なんだ。」
『え?そうなの?』
「だから花子のお母さんの話を聞いて、黙ってられなかったんだと思う。」
悟のあれやこれやを私から話すのは少し筋違いな気がして、詳しくは言わなかった。口は悪いし、すぐふざけるし、花子に対しては特に意地悪したりもするが、彼が言ったあの言葉たちに悪意がないことだけはどうしても伝えたかった。
「根は、」
そこまで言うと、ペットボトル1本を挟んだ距離に座る花子が食い気味に口を開いた。
『良いヤツ、なんでしょ?』
そう屈託のない笑顔でこちらを見る彼女に、釣られて私の口角もあがる。その瞬間に流れた空気感がなんだかとても心地良くて穏やかで。
このまま一瞬(とき)が止まればいいのに、なんて子供みたいなことを本気で思った。そこで漸く私は花子のことが好きなんだと気付かされる。今までは妹のような存在だと思っていたつもりだが、それは単に恋に落ち無いための予防線でしかなかった。
“愛ほど歪んだ呪いはない”
“いつ死ぬか分からないのに恋愛なんてバカみたい”
“ま、死ぬ気も毛頭ないけど”
なんて悟はよく言う。これは彼の自論であり正論ではないらしいから、なかなかにその境界線は曖昧だ。ただ、彼の自論に共感はできた。
だって弱者生存それがあるべき姿で。
術師が非術師を守って命を落とすことなんてざらだし、自分がそうならない保証なんてどこにもない。分かっているはずなのに、恋愛なんて足枷にしかならないはずなのに、この感情に蓋ができないのは、まだまだ私が未熟だからだ。
「明日から私と悟で北海道へ任務なんだ。夜蛾先生の応援で。」
『急だね。』
「任務なんていつも急さ。」
思春期のピンク色の脳内を引き締める為に敢えて話題を変えた。でもこれが間違いだった。お土産に何が欲しいか私が問うと、花子からは予想だにしない回答が返ってきたのだ。
『お土産はいいや。でも絶対に生きて帰ってきて。』
あまり怪我もしないで欲しいな、なんて目尻を下げて困ったように笑う様がたまらなく可愛くて可愛くて愛しくて。ペットボトル1本分で保たれていた距離をあっさりとゼロにしてしまうのだ。
花子の唇に自分のソレを重ね合わせて。