第20章 呪胎戴天
「ただ今回は緊急事態で異常事態です。『絶対に戦わないこと』。特級と会敵した時の選択肢は『逃げる』か『死ぬ』かです。自分の恐怖には素直に従ってください。君達の任務はあくまで生存者の確認と救出であることを忘れずに」
伊地知さんの言葉はやけに静かで……そして怖かった。
私たちが言葉を詰まらせていると、別方向から全く知らない声が飛んでくる。
同時に私の身体に感情が刺さった。
「あの、あの!! 正は……息子は大丈夫なんでしょうか」
《正に……正に何かあったらどうしよう》
振り向けば、顔に少しの皺を刻んだ女の人がいた。
この少年院に収監されている人の母親だろうか。
息子の行方不明を聞きつけたのか、取り乱した様子でこちらに息子の無事を確認してくる。
流れてくる感情がキツくて、女の人から視線を逸らしたら、虎杖くんの顔が視界に入った。
(……本当にいい人だよね、君は)
辛そうな顔をした虎杖くんを見て、私は苦笑する。
どうしても他人事になってしまう私とは正反対に、虎杖くんは全然知らない誰かのために心を傷めていて。
そんな虎杖くんを庇う様にして、伊地知さんと他の補助監督の先生がその女の人に無難な説明をしてくれた。
その説明を聞いて涙する女の人に、やっぱり私は何の感情も抱けないんだけど。
「伏黒、釘崎、皆実……助けるぞ」
虎杖くんは真剣な顔でそう告げる。
「当然」
意気込む様に鼻を鳴らした野薔薇ちゃんの隣で。
私はやっぱり眉を下げることしかできなくて。
「……」
伏黒くんは何も言わずに、前を進む。
雨はどんどん強くなっていた。