第1章 プロローグ
『あの子の血だよ。頭怪我してたでしょ。あの子の血には高濃度の呪力が含まれてる。その呪力に吸い寄せられて、出現したってのが妥当』
『怪我くらい10年のあいだに何回もしてるだろ。今回だけ呪霊が出現した理由にならない』
硝子はやれやれといった様子で首を横に振った。
『呪力の濃度。例えば一万人の呪いと五千人の呪い。少量の血が流れた時、当然一万人の呪いを含んだ血液のほうが濃度が高い』
『つまり?』
『あくまで仮説だけどあの時あの子の身体は一万人、あるいはそれ以上の量の呪いを溜めていて、少量の血液でも特級呪物と同等の猛毒。呪霊にとって喉から手が出るほど欲しい餌と化していた』
『だから皆実の血液に吸い寄せられて既存の呪霊が出現した、と。じゃあ普段は呪力の濃度が低いってこと? オートで呪いを吸収してるならとっくに数万人以上の呪力を溜めてるだろ』
『注射痕』
硝子はそう言って、ポケットから注射器を取り出した。
『あの子の腕、何箇所か新しい注射痕があった。おそらく自分で定期的に血を抜いて呪力を調整してたんだろう』
『毎回血を抜いてるっていうの? さすがにそれはないでしょ。他に呪力を排出する方法は? 物に呪力こめるとか』
注射器をくるりと回し、硝子は目を細める。
『本来なら物に呪力を込めて排出すればいいけど、あの子の呪力は濃すぎて物が先に壊れる。……だからもし、血を抜く以外に排出する方法があるとすれば……体液の交換くらい』
『は?』
『キスとかセッ』
『硝子』
『何、童貞でもないくせに。……でも冗談じゃなく、本当だよ。血液に呪力が含まれてるってことは体液にも呪力が含まれてる。唾液に含まれる量は極少量だけど回数と時間を重ねればかなり排出できる。だからヤればかなり排出できるよ』
下品なことを口にして、硝子はため息を吐いた。
『これは言わないつもりだったけど』
『何?』
『この話をね、11年前に別の男にもしたことがある』
少しだけ息が詰まるような、そんな感覚に襲われた。