第15章 真夜中の開幕劇
ずっとここに留まるわけにはいかないと、私はガンガンする頭を無視して吐き出された汚物の入ったゴミ箱を抱えて、お手洗いに向かった。申し訳ないと思いながらも、袋をきつく縛って、洗面台の下に置いた。
立ち上がって洗面台の鏡を見ると、ここを出る前にドレスを着てはしゃいでいた姿とは遠い、酷い顔をしていた。
涙で泣き腫れた目、グシャグシャの髪の毛、血の気の失せた顔----水を出して顔と口の中を洗うと、また部屋に戻った。元々少ない荷物のおかげで、出発はいつでもできる。
(船の予約取らなくちゃ…でも待ってる間に見つかったら…待ち伏せされたら終わりだ----今はとにかく、身を隠さないと)
寝ぼけているエレズンをモンスターボールに戻して、入ってきた窓に向かうと、ゲンガーが寂しそうな顔を向けていることに気が付いた。微笑んだつもりが、逆に痛々しく見えたのか、ゲンガーは何も言わなかった。
フワリと浮き上がり、窓の外に出たゲンガーはサイコキネシスを使って私を浮かせ、同じ窓から出してくれた。地面にソッと降り立つと、じんわり涙が滲み出てきた。
(…ごめん、ルリナ…色々してくれたのに…)
静かに歩き出すと、その後ろをゲンガーがついてきてくれる。
(マリィちゃんにももう一回会いたかったな…それにネズのライブも…あーあ、知られたくなかったのに……キバナ様にも……それに、)
「…ダンデ」
ポロッとこぼれるようにダンデの名前を声に出していた。
(結局お礼も言えなかったし、怪我もさせちゃった……最悪じゃん…)
それでも過去の自分を知られたくなかった気持ちが強く、それが誰であろうと----でも、いつかこんな時が来るかもしれないと、心尾の奥底で思っていた。
過去は消えない。
強さを求めた代償が、自分には抱えきれなかった。
だから誰も私を知らない所まで逃げて、逃げて、恐怖に怯えながら日々を過ごしていた----ガラル地方に来るまでは。
『立つんだ、。俺たちの約束のために、君の願いのために!』
そう言ってくれたダンデの言葉が、本当に嬉しかった。立ち上がらせてくれたあの言葉が、もうずっと前に言われたかのように、遠く、せっかく色付いた日々が戻ってきたと思ったのに----。
「お別れの言葉は済ませてきましたカ、?」