第69章 なつのおはなし ※裏なし掌編 お相手:色々
その手の無骨さに不釣り合いな位に
そっと その指の腹で
みくりの目元を拭って来て
そうされて 気が付いた
自分が泣いていたんだと言う事に
「俺の…所為なのだろう?」
「そのような事は、ございません。
私が勝手にした事にしかありません、
貴方の世話をするのも、今も…」
あくまでもそれ以上の詮索をするなと
自分の勝手なのだと
そう目の前の女は俺に言って来る
「いつも通りに、言えないのか?
そんな棘も針も無い様な声で
そんな事を言われても…何にもならんぞ?」
槇寿郎の言葉が私に
いつもの減らず口が利けてないと告げて居て
今の自分はどんな顔をしてるのだろうか
減らず口の仮面を剥いだ その下は
どんな 顔をしてるのだろうか?
「槇寿郎様、お手を…お放し下さい…」
「なら、それを止めろ」
後から零れて 槇寿郎の指を濡らしている
涙を止める様にと言って来て
「そっ、それは…、出来ません…ッ。
私の意思とは無関係にあります」
止めなければと思うほどに
逆にこみ上げて来て溢れて落ちる
止めたいと思う程に
止められない…ッ
最初に零れた涙は
純粋に嬉しかったのだ
いつもお食事をまともに摂られない
槇寿郎様が
スイカを美味しいと言って下さった事が
嬉しかったから…だったのに
今 私の頬を濡らすこの涙は
その涙とは違う この涙の意味は…
「ですから、お捨て置き下さいませ」
何も無かった事にしろと
見なかった事に
聞かなかった事にしろと
そのみくりが俺に言って来て
飛んで火にいる夏の虫とは…良く言うが
俺が夏の虫になるのなら
飛んでいるのは 火の中ではなくて
この目の前の女の流す
涙の海の中…なのかも知れない
「なら、俺の好きにさせて貰おう。
お前のそれを、捨て置くのも
捨て置かないのも、俺の自由のはずだが?」
飛んで火にいる夏の虫
夏の虫は 身を焦がすのか
それとも その身を 海に沈めるのか
飛んで火にいる夏の虫
この胸の奥に くすぶる物は
何と例えてしまおうか?
飛んで火にいる夏の虫
ー 終 ー