第3章 くじら
ー赤葦sideー
キスしたという事実には何一つ動揺を見せなかった孤爪が
あるところから怒りというか、苛立ちを隠すことなく俺に当ててきた。
1度目は、泣かせたと言った時。説明する前。
2度目は、俺が2人きりになることに対して引け目を感じると言った時。
そして挙句、諦めろと。終わりにしろ。と言われた。
意味がわからない。
この、誰かを好きになるという気持ちは諦めようと思って、
終わりにしようと思ってできるものなのだろうか。
頭の中で色々と考えを巡らすが、
じゃ、と言ってすたすたと背中を向けて歩き出す孤爪に言い返す…
反論する言葉は出てこなかった。
廊下を一人で歩きながら、孤爪の言っていたことを反芻する。
それから、今までの孤爪の対応を。
みてきたわけではないが、間接的に知っていることも含めて。
そして、穂波ちゃんと過ごした時間を。
孤爪は俺がこのあと銭湯への行き来を穂波ちゃんとする場合にも
何も嫌悪感など抱かない、という様子だった。
知ってはいたが、想像してはいたが、でもやはり、拍子抜けした。
そして俺はつい、
「それで穂波ちゃんを守れるのか?」
そう口走っていた。
孤爪は、俺なんかが先ほど考えたよりももっと大きな視野で、
穂波ちゃんという人を、その人柄を、魅力を、守ろうとしている。
…ということだろうか。
だから、俺との時間を否定しなかった。
いや、 “だから” 否定しなかったというわけではないか。
感じる苛立ちなどもあの頭の中でちゃんと処理をして、その上で、あのスタンスをとっていた?
いやそもそも、そんなに執着がない?
いや、そういう風にも思えない。
それにこれが俺や月島ではなくて、もうちょっとなんというか… 下衆なやつだったら…
得体の知れないやつだったら、孤爪は一般的にとる対応を普通にするんじゃないだろうか。
いや違うな…
もし、穂波ちゃんが嫌がっていたら、
もしくは悲しそうにしていたら、その笑顔を失うことに繋がる気配がしたら、か。
そして今回俺のとった対応というか、
俺の選んだ言動が見事にそこに当てはまった。
それゆえの、先ほどの宣告だ。
どこまでも広がりのある孤爪の思考には憶測してついていくのがやっとだな…