第3章 くじら
ー研磨sideー
「孤爪、ちょっといいかな」
音駒の部屋まで赤葦が呼びに来た。
…まだ練習着のままだ。
穂波のとこにいたんだよね?
なんだろ。
よいしょ、と立ち上がり廊下に向かう。
「どーしたの」
「…ちょっと、歩きながらいい?」
「…ん」
やっぱ、穂波のことかな。
「さっきまで調理室にいたんだ」
「………」
「最初は阿部さんもいて、3人で。それから阿部さんと穂波ちゃんで銭湯に行くはずだった。
あ、いや俺も一緒に歩くことにはなってただろうとは思うんだけど」
「………」
「阿部さんが、先に行くって言って…」
「………」
「その、他のマネージャーと約束してるからって」
「…へぇ」
なんでこのタイミングで赤葦は赤面してるんだろ。
まぁ、いいや。
「それで、何か時間軸がずれるっていうか」
「…?」
「ちょっと変な感じになって…」
「………」
「いやごめん、言い訳がましいな。キスした、穂波ちゃんに」
「………」
…へぇ。
「それで穂波ちゃんはいつも通り全部、孤爪に話すって言ってたんだけど。
ちょっと、勘違いしてるみたいで。全部俺がやったことだから、その事を伝えておこうと思って」
「…ん」
いつも通り、か。
なんか、考えちゃってないといいけど。
「あともう一つ」
「………」
「穂波ちゃんを泣かせてしまって」
「は?」
何?無理やり?
やば、一瞬でイライラがマックスになったんだけど。
「ごめん、怒るのも無理ないよな。本当にすまない」
「無理やりじゃなければいい、って言わなかったっけ?」
「…あ、泣かせてしまったのはそこが理由ではなくて」
無理やりじゃ、なかったってことか…
なんかそれもそれでどうなのって感じだけど、ほっとした。
心底、よかった。って思ってる自分がいる。
これって変なのかな。