第1章 序章
湿気をはらんだ空気が重くのしかかる
おそらくそれは昼間の雨のせいだろう
鬱蒼と生い茂る木々の葉の間から
わずかに月が垣間見えた
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それは 今から5年前のことだった
俺が鬼殺隊に入隊して間も無い頃…
とある山に山菜を取りに入った人が
何人も行方不明になっているとの報せを受け
数名の隊士がその山へ調査へ入った
その数名の隊士の消息も不明となり
新人隊士の俺を含む
8名の隊士で山へ入った
標高も高くなく
幼子でも登れるような山だったので
地元の人々も遭難は
考えにくいと感じているようだ
一刻でも早く鬼を退治して
この地の人々の日常を取り戻さねば
杏寿郎はそう意気込んでいた
俺はまだ鬼殺隊としての経験も浅く
俺以外の隊士は全員俺より
経験のある隊士だったから
何かにつけて
俺を気にかけてくれていた
ある程度 山道を進むと
強い刺激臭にも感じられる程の
甘い芳香がたちこめて来た
何なんだ?この香り… 花?なのか?
百合の花よりも更に強い
強烈な香りだ
頭が 痛くなるような 香り…だな
隊服の袖で杏寿郎は鼻と口を覆った
何だ?頭が…ぼんやりして…
体の力が…抜けて行くような…
朦朧として行く意識の中で
鬼の気配を感じた
ああ しまった この香りは…
鬼の血気術だったか…
すぐ近くで声がした
『ふふふふふ、カワイイ坊や達。
たぁーくさん、遊びましょうね』
不覚だった
すぐそばに鬼が居ようとは
薄れゆく意識の中で
視界に朧げに鬼の姿が映った
長い髪の若い女の姿の鬼だった
着物の胸元を大きくはだけさせた鬼が
月の光を背に妖艶な笑みを浮かべていた
俺が意識を取り戻すと
薄暗い洞窟の中にいた
ここは?どこだ?あの鬼は?
他の隊士は…?
苦しげな男の呻き声が
水音と混ざって聞こえる
『…ねぇ、もう終わりなの?
まだ、ダメって言ってるでしょ?
まだ、死んじゃダメ』
あの女の鬼の声だ
情交を交わしているようにもあるが
鼻に付くのはあの強列な甘い芳香と
新しい血の匂いだ