第2章 絶賛失業中、です。
「………っと、失礼」
すれ違うふりをして男へとぶつかれば。
持っていたシャンパンは彼のスーツにシミを作り、ついでに男の持っていたワインは見事時雨のドレスにシミを作ってくれた。
「申し訳ありません。そちらのお嬢さんにまで、すぐに代わりのものを」
「ぇ」
他人のふりをするこちらへと一瞬視線を向けて、時雨の視線はすぐに隣の男性へと、移された。
「いや私はネクタイに少しかかったくらいだから。それよりもそちらのお嬢さんのドレスが台無しだ。申し訳ない」
「着替えは、お持ちですか?」
「ぇ……。あ、え、と」
「それなら私がフロントへ事情を話して来よう。来なさい」
「………はい」
ふたりの後ろ姿を見送って、いれば。
「━━━━━」
確かに感じた、殺気。
だけどほんの一瞬の、ことで。
談笑や食事を楽しむパーティー客へと視線を向けるけど、殺気ごと跡形もなく消え去っていた。
「…………」
先ほどの殺気も気になるところではあるけど。
今は時雨が優先。
わざと目立たせたとはいえ、目的を達成したなら長居は無用だ。
ふたりの消えた方角へと足を向ければ。
目に止まったのは化粧室。
コンコンコン、と女子トイレのドアをノックした。
「時雨、いますか?」
小声で声をかけるとすぐにドアが開かれて。
「教授」
真っ赤なドレスをさらに血で汚した時雨が、顔を出した。
「この人、誰なの?」
「知らなくていいこと、です」
「ナイフ返してくれたってことは、これで良かった?」
「ええもちろん。上出来です」
喉元バッサリ。
なるほど。
これが時雨の手口ですか。
ターゲットの情報を与えていなかったのに、ここまでこちらの意図を読み取るとは。
殺人術はなかなかですね、時雨。
「教授?」
「いえ、掃除用のロッカーに着替えが入ってますので、着替えてください。私は外にいます」
「え」
パタン、とトイレのドアを閉めて。
壁へと寄りかかる。
と。
先ほどの、張り詰めた空気。
殺気。
音がする。
向かってくる殺意目掛けて、右手を伸ばした。
カタン、と音を立ててナイフが床へと転がる。
伸ばした右手で捕まえた『彼』の腕を、捻って後ろへと回した。