第4章 3. ヴィランのルージュ
シェラの手を縫い付けていたフロイドの手が離れ、そのまま後頭部に添えられる。
行き場をなくしたシェラの手も、ごく自然にフロイドの首の後ろへ回された。
「……んっ……、ふ……っ」
喉の奥から漏れる官能的な喘ぎ声と、唇が重なる度に起こるねっとりとした水音が、静かな図書館に淫靡に響く。
顔を動かして角度を変えながら、何度も何度も互いの口腔内を蹂躙し合い、唾液を交換する。
麻薬のようだと思った。脳が蕩けるかと思った。
甘酸っぱさの欠片も無い、快感物質が全身を駆け巡るような、激しいキスだった。
自分自身にまつわる記憶がほとんど無いシェラからしたら、このフロイドとのキスがファーストキスになるのか判別つかない。
だから、くれてやってもいいくらいに思っていた。
それで、フロイドの気が済むのなら。
しかし、実際に唇を重ねると、求めたのはフロイドではなく自分のような気がした。
このキスを知っているような気がした。
唇を離し、超至近距離で睨み合う。
ヴィランのルージュで赤く染まるフロイドの口元が、求める欲の激しさを物語る。
擦れ汚れ赤に塗れるふたりの口元は、まるで心ゆくまで血を吸って恍惚とするヴァンパイアのようだった。
あるいは、獲物に貪りつく飢えた肉食の生き物のようだった。
頬を紅潮させながら、シェラは黒真珠の瞳を細めると、再びフロイドの唇が重なった。
吐息を漏らしながら、シェラは頭の片隅で冷静に思った。
(私たちは、どうかしてる)
それが無くても、キスは出来る。ただ、唇同士をくっつけるだけの行為だから。
だが、キスがそれに火をつけることもある。
気づかぬ振りをしたところで、加速したそれはブレーキが効かない。
結末が分かっているそれは、ふたり揃って地獄行きだ。
それでもそれは、とどまるところを知らない。
このままでは、地獄への片道切符を掴むことになる。
シェラも、そしてフロイドも、そんなことは頭の片隅くらいでは理解している。
それでも、この悪党共は唇を重ねることを、互いを求めることをやめなかった。
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