第3章 2. 青空の涙
「小エビちゃん!目ぇ開けて!」
一際明るい、フロイドのはしゃいだ声と共に、シェラは目を開けた。
「……!」
目の前に広がるのは、賢者の島を一望する絶景。
シェラは息を呑んだ。
学園のふもとの森を抜けた先に、ミニチュアのように可愛らしく並ぶ街並み。そのずっと奥には城のような建物がちょこんと建つ。
それを囲うように広がるのは、抜けるような青さの空と、太陽の光を乱反射させて輝く、煌めく碧石のような海。
空の青と海の碧は混ざらず、美しい水平線を境界に引いていた。
「綺麗……ですね」
惚けたようにシェラは感想を口にすると、フロイドは振り向いて『でしょ!』と誇らしげに笑った。
「オレのお気に入りの景色なんだぁ。小エビちゃんにも見せたげたくて!陸は色がカラフルで綺麗だよねぇ」
フロイドが育った深海ではもっと色が暗く見えるという。
初めてこの景色を見た時にすごくテンションが上がったとフロイドは嬉しそうに教えてくれた。
思わず息をするのも忘れてしまうような景色は、シェラの心の琴線に触れた。
その瞬間、誰にも言わずに胸の奥底に閉じ込めていた思いのひとひらが、言葉になってこぼれ落ちた。
「この海は、私の故郷と繋がっていると思いますか」
ぽつりと、シェラが呟いた。
「え?」
(私はフロイド先輩になにを言っているんだろう……)
『え?』と、フロイドに聞き返されて、シェラは我ながら莫迦なことを訊いていると思った。
(私の帰る場所は、この世界のどこにも無いのに――……)
シェラの帰る場所、帰る故郷はこの世界のどこにも無いと、入学式の日に分かっている。
分かってはいたが、つい思ったことが口をついて出た。
「……森も街並みも奥に見えるお城も、小さい頃読んだ絵本の中でしか見たことないのに、海だけは同じものが私の世界にもあったので」
燦然と輝く海を眺めながら、淡々とシェラは言葉を紡ぐ。
眼前に広がるのは、シェラが暮らしてきた世界では本の中でしか見ることの出来なかった、御伽噺のような光景。
森の緑、街並みの赤と白、空と海の青と碧。
この世界に召喚されるまで冷たい灰色の森の中で生きてきたシェラにとっては、どれもこれも鮮やかで眩しくて、現実味がない。
だが、海だけはこの世界と同じものがあった。