第2章 1. 図書館の攻防
「フロイドの言う〝楽しいこと〟は、もっと時間があるときにしたらどうです?その方が心置き無く楽しめるでしょう?……ねぇ?シェラさん?」
前言撤回。兄弟揃ってとんだ悪党だ。ジェイドが救世主だなんて、そんなわけなかった。
白々しいことこの上ない。途端に笑顔が胡散臭いものに見えてくる。
どこまでいってもジェイドはフロイドの味方だとよく分かったところで、シェラは一瞬だけ悔しげに眉を寄せると、ふたりに聞こえないように小さく溜息をついた。
「そうですね……。フロイド先輩もアズール先輩に怒られるのは嫌でしょう?」
取り敢えずこの場を丸く収める為に、シェラも不本意ながらジェイドに話を合わせる。
願わくばこのままフロイドがこの話を忘れてくれますように。
「んー、怒られるのは嫌」
今シェラと〝遊ぶ〟か、アズールに怒られるかを天秤にかけた時に、フロイドの中ではアズールに怒られたくないという気持ちが勝ったようだ。
ジェイドとシェラの説得で考え直したフロイドは、しぶしぶシェラの手を離し席を立つ。
やっとフロイドから解放されると思い、ほっと安心したシェラ。
だから忘れていた。フロイドの前では一瞬の油断が命とり。
立ち上がったフロイドはシェラが警戒を忘れた隙をついて、大きな身体をぐっと屈めて、シェラの耳にふうっと息を吹きかけた。
「う、ひゃあぁ……っ!!」
ぞわぞわとした上手く言葉に出来ない感覚が、背筋を伝い全身に駆け巡る。
完全に不意打ちを食らったシェラは、肩をびくつかせながらあられもない声を上げてしまう。
驚いて見上げると、満足そうに口角を上げているフロイド。そのまま踵を返してジェイドについて行った。
「じゃあね、小エビちゃん。楽しかったよぉ。また遊ぼうねぇ」
一瞬でも油断した自分を呪いながら、ジェイドと一緒に去っていくフロイドを背を見送る。
耳がじんじんと熱い。本を取ってくれた時と同じで、耳と一緒に顔まで熱くなる。
「最悪だ……」
してやられた、とシェラは大きな溜息をついて机に伏せる。
フロイドだけでなく、ジェイドにもあの反応を見られてしまった。
これで味を占めたフロイドは、次またどんなタイミングで耳を狙ってくるか分からない。
会う度にあんなことをされてはこちらの身が持たない。