第10章 7-2. 咬魚の誘惑 中編
放課後にモストロ・ラウンジでアルバイトをする日々が始まって最初の1週間が終わろうとしていた。
今週は、シェラが早く仕事を覚えられるようにと、アズールが多めにシフトを入れてくれていた。
それに加えてトレーナーのジェイドの指導もあり、だいぶ慣れてきて基本的な業務は一通りシェラひとりでこなすことが出来るようになった。愛想良く笑うこと以外は。これだけはどんなに頑張っても難しい。
シェラがアルバイトに行くと、必然的にオンボロ寮を空ける時間が長くなる。
グリムが寂しがるかもしれないと心配していたが、グリムはグリムでエース達と一緒に楽しく過ごしているらしく、心配するなと言っていた。
シェラのアルバイト代でツナ缶を買ってもらうのを楽しみにしているらしい。
ただ、課題をやれと逐一小姑の如く注意するシェラの監視の目がなくなったからか、課題の未提出が少し増えた気がする。
エース達にグリムが課題をサボらないように見張ってもらうよう頼まなければならない。
トレインの授業の課題は特に、だ。
何度も言うが、グリムの授業態度や課題提出率が芳しくないと、後で怒られるのは監督生のシェラなのだ。
オクタヴィネルの寮服に着替えたシェラはモストロ・ラウンジのVIPルームへ向かっていた。
今日は出勤前にアズールに用事があった。
「アズール先輩。シェラです。入ってもよろしいですか?」
シェラは両開きの扉をノックしながら入室の許可を伺う。
『どうぞ』という返事はすぐに返ってきた。
「失礼します」
許可をもらって入室すると、アズールが忙しそうに書類と向き合っていた。
ここはモストロ・ラウンジのVIPルームと呼ぶが、その実情はアズールの執務室。
ここに迎え入れる客人は一般の来店客ではなく、アズールとの取引を望む生徒だという。
黄金の契約書の件以降も、アズールの対価を支払えばどんな願いも叶えてくれるという評判は上々で、困り果てた結果アズールに泣きつく生徒が今でも後を絶たないのだとか。
ちなみにシェラはアズールがどんな契約を結び、なにを対価に要求しているのかは知らない。
シェラはあくまでオンボロ寮所属のアルバイトであって、オクタヴィネル寮生ではない。
世の中には知らない方が良いこともある。