第13章 ハナミズキ
私はその言葉に涙が溢れた。情けなくも嗚咽を漏らす。彼は、誰よりも現実を見つめている。たった一人ぼっちでこの世界に来て、それでも強くこの世界を生きようとしている。私は何度も私のことを助けてくれた煉獄さんの大きな背中を思い出す。照れたり、笑ったり、お代わりをしたり、今までの沢山の煉獄さんを思い出す。
「あ、当たり前じゃないですか…っ、私にとって煉獄さんは、たった1人のかけがえのない存在です。周りの皆が煉獄さんを忘れても、私はずっとずっとそばに居ます。」
そう言って何度も頷きながら泣き出す私に煉獄さんが、困ったように笑みをこぼす。そして「今日の君は泣いてばかりだな。」と服の裾で私の涙を拭いた。見たこともないような、とても嬉しそうな温かな笑顔だった。
「手を繋いでも構わないだろうか。」
煉獄さんはそう言って私に手を差し出す。いつの間にか変わっていた青信号がチカチカと点滅し始める。私が頷いて煉獄さんの手を取ると、煉獄さんは私の手を引いて横断歩道を駆け出した。
「君のことが好きだ、中彩」
「私も、大好きです。煉獄さん。」
私は涙をすすりながら煉獄さんにそう伝えると、煉獄さんは一瞬言葉をつまらせ、そして照れくさそうに「これはなかなか慣れそうにないな」と笑う。
「俺は、君に会うために死んだのかもしれん。」
急に煉獄さんがそんなことを真面目な顔をして言う。なんだそりゃ。あんなに死闘を繰り広げた人の言葉にしては軽すぎる。それがあまりにも衝撃的で私は思わず吹き出して笑ってしまう。
「そんなこと言わないでください、炭治郎くんたちが悲しみますよ。」
そんな私に煉獄さんは優しく微笑んだ。安心したような、本当に嬉しそうな笑顔、それがとっても素敵で私は息を飲む。
「君が笑ってくれるなら、それでいい。」
煉獄さんはそう冗談のように、まるで本当にそう思っているかのようにどちらとも取れない声音でそう言って、私の額に口付けた。
「お風呂のカビを取りたいので、薬局で掃除用具買って帰ってもいいですか。」
「ああ!構わん!」
煉獄さんと手を繋いで寄り道をして帰る。先程画面で亡くなった彼が、私の隣に確かにいる。確かめるようにその大きな手を何度も何度も握り返す。私より少し背の高い、彼を見上げる。まだ少し肌寒い3月10日、この日私と煉獄さんは恋人同士になった。
