第9章 暖かい風、熱い熱
私と煉獄さんは近くの居酒屋に入った。この国には現在、緊急事態宣言が出されているため、店はあと数時間で閉まってしまうとの事だったが、軽く食事をして帰るくらいなら問題のない時間だったため、私と煉獄さんは店に入った。小さな個室に通される。
「中彩、半ば強引にあの男から引き離したが良かっただろうか。」
席についてメニューを開きながら煉獄さんはつぶやく。どこか申し訳なさそうな声音に私は慌てて首を振った。
「いやっ、全然…むしろありがとうございます、煉獄さん。私、彼と離れる勇気が欲しかったんです。」
そこまで言って彼は煉獄さんの表情を伺った。私に対してどう思っているだろう、先週から煉獄さんとは気まずいままだ。煉獄さんは黙っている。どうしよう、やっぱり
きまずい。
このままでは行けないと思った。私はおもむろにメニューにある酒を指して声のトーンを高くする。
「きょ、今日はお酒!お酒飲んでもいいですかね!ここ、日本酒がおいしいんですよ」
「酒か…」
こういう時はアルコールに限る。アルコールは人との交流に欠かせない潤滑剤だと会社の誰かが言っていた。しかし、煉獄さんは私の指さすお酒にまるで誰かを思い出しているようだった。懐かしい思い出をゆっくり手のひらで弄ぶようなそんな表情をしていた。私はなにかまずい提案をしてしまっただろうか。
「煉獄さんはお酒飲まないんですか?」
おずおずと聞いてみる。そういえば煉獄さんって何歳なんだろう。
「飲まない。任務に支障が出るからな。だが、…」
煉獄さんは私を見た。何を考えているのかわからなかったが、その後すぐにメニューに目を落として「せっかくだ!中彩と同じものを頂こう!」と言った。
私はその声に助けられ、ビール、カクテル、煉獄さんに馴染みのないと思われるお酒は避けて「而今」を頼んだ。そして日本酒に合うおつまみも。煉獄さんの口に合うように、と言うより私自身日本酒が飲みたかったのもある。まだ寒い日が続くのでこんな日には日本酒に限る。
注文していた而今とおつまみを2人で交互に注ぎ合いながら飲む。煉獄さんとはまだ何も話せなかったが、煉獄さんはおつまみを食べる度に「うまい!」と言った。一方の私はお猪口いっぱい飲んだところで、ふわふわと意識が朧気になり、そこから先はあまり覚えていない。煉獄さんの声がどこか遠くに聞こえた。
