第9章 暖かい風、熱い熱
あの後煉獄さんは、家に帰って来て早々シャワーを浴び、私の用意した朝食を掻き込むように食べると、特段何事もなかったように振舞った。煉獄さんが気にしないようにしてくれているのに私が騒ぎ立ててもおかしいだろうと、私も煉獄さんに対してそれ以上何か言うことはしなかった。
だが、この週末、外に食事に行ったり、必要なものを買い揃えたり、鬼滅の刃を見進めたりしたものの、煉獄さんとはどこか気まずい雰囲気が拭えず、週末の間煉獄さんは私と話す際は棒読みで、目が合うと慌てたように逸らし、近くに寄ると緊張したように身体をこわばらせた。
私、嫌われちゃったかな…
週明け、出社し仕事をしながら私はぼうっと考える。煉獄さんはいつも思ったことはすぐ伝えるタイプだし、何かあったら私に聞いたりするが、今回ばかりは煉獄さんから何も動きがないため私もどうするべきか悩んだ。
「でも気にしすぎても仕方ないよね」
私はそう呟くと前の席に座ってる山田くんがニヤニヤとこちらを見てくる。
「どうしちゃったんですか中彩さん、恋ですか」
「そんなんじゃないです」
「隠さなくてもいいんですよ、中彩さん、完全に恋する乙女の表情してます。春が来たんですね…」
私の返答を差し置いて同僚の山田くんはしみじみとしている。「だから違うってば」と否定しつつ、私は煉獄さんの腕の中に収まった時のことを思い出しては顔が熱くなった。
「中彩、ちょっといい?ここなんだけど」
元彼の島田が仕事の内容で話しかけてきた。私はなんでもない素振りをしつつ、胸がチクッと痛むのを感じる。別れたあと、会社ではただの同僚として接することにも慣れた。だが、夜、誰もいない時には名前で呼ぶくせに、日中仕事の時、彼は私のことを苗字で呼ぶその相手に私は虚しさを覚えるのだった。
ふと私のスマホに通知が来た。煉獄さんからの返信だった。
「承知」
今日は定時に上がれそうだったため、先程私が「今日は私の会社の近くで夜ご飯食べませんか?」と誘ったのである。私は煉獄さんからのたった二文字の返事に、元彼と話して冷えた胸の奥が、温かくなるのを感じた。あれからやはりどうしても煉獄さんを意識している自分がいる。人と触れ合うことなど、この歳になっては恥ずかしがることでもないだろうに、あの時の煉獄さんの体温を思うと平静で居られないのだ。
