第7章 いくつもの、世界
中彩は口を開いた。
「煉獄さんがいつも読んでいる本があると思うのですが、」
彼女はゆっくりと言葉を選びながら話す。俺は彼女の懸命な姿を見る。彼女の呼吸が浅い。彼女は自身の頬を指先で触る。彼女が悩んでいる時の癖だ。君が思い煩うその話は一体どのような内容なのか。どのような内容であれ、俺は聞くつもりだ。
「あれは、人が書いたものですよね」
だがなかなか言葉の真意は分からない。急ぐ気持ちを押さえつつ、足踏みをするように言葉を紡ぐ中彩の声に耳を傾ける。
「ああ。書物とはそういうものだ。」
俺は当然だと頷く。中彩も頷いて俺に向き直る。
「本は本でも、物語がありますよね。主人公が色々な経験を重ねて成長したり。失敗したり。結果、人に教訓を与える物語です。ですがさらにこの世界には、物語を絵で描いて表現する、漫画というものがあります。」
「まんが、」
すると中彩は部屋に置いてある棚の奥から、「株の教科書」と書かれた本を取りだした。む、そこにも書物があったのか。俺は中彩の家のものはあらかた読んだと思っていたが、それはまだ読んでいないな。中彩はペラペラとページをめくって、あるページを開いて俺に見せる。そこには、とある男が老人に「株」について教えを乞う姿が示されていた。
「紙芝居のようなものか。」
「あ、そうです、紙芝居みたいなものです。」
俺は中彩が示した漫画を読む。なるほど、文章で描かれているよりも状況がとても明瞭で理解しやすい。家で読んだ指南書にも時折、絵で内容が示されていることはあった。だが、このように登場人物の心境や表情が豊かなものではない。
「これはいわゆる説明用に描かれた漫画なのですが、物語が描かれたものがあるんです。私の家にはないのですが男性向け、女性向け、大人向け、子供向け、この世界には沢山の物語が描かれた漫画があります。」
「ふむ。」
「その中に吾峠呼世晴という女性が描いた、『鬼滅の刃』という漫画があるんです。」
「きめつのやいば、」
「はい。」
そこまで言って彼女は黙る。俺は中彩を見つめる。中彩は、話を進めることを躊躇いつつも、ゆっくりと息を吸い震える唇でこう言った。
「煉獄さんは、その『鬼滅の刃』に出てくる登場人物なんです。」