第1章 はじまり
その日は雨だった。
厚めのダウンコートでないと外を歩けないような、寒い日だった。凍てついた空気が身体の芯まで差し込み、冷たい雨が降っていた。
時刻は21:00。風はやんだが、冷たい空気に歩く度に体温が奪われる。
「今日は帰ったらお風呂に入ってすぐ寝よう」
中彩麻衣は半額シールのついたお弁当を買ったスーパーの袋を持って、自宅までの道を歩いた。
ポケットの中の鍵をかじかむ指先で弄び、角を曲がる。1つ、2つ、3つ。鍵はチャリンと音が鳴る。
道を進んで、自宅。
ポストは見ない。今日はいい。
小さなアパートの螺旋階段を一段、もう一段とゆっくり登り、自分の部屋のドアまで着いたところで、見慣れない光景に目を見開いた。
人が倒れている。
キラキラと光る髪が毛先に向かって赤く染まっている。うつ伏せで私の家の前に倒れている。
あまりにも驚きすぎて声が出ない。なぜこんな狭いところでこんな場所で?
どきどきと高鳴る胸と不安で視界がぐらつく。
大柄な人間だ、男性だろうか?
派手な髪だ、ヤンキー?
警察か?消防か?救急車?
そう考えたところで倒れている人間に外傷がないか調べる。なにか大きな怪我で倒れた?脈を図る、生きている。見たところ大きな怪我もない。
ほっと胸を撫で下ろしたところで私は倒れている人間の腰に着いた異様なものに目が止まった。
か、刀…!?
完全にフリーズする。
しゃがんだ体勢でギュッと目を閉じて頭を抱えた。ダメだ、落ち着け、状況を整理しよう。
私は家に帰ってきた、そして人が倒れていた、それは知らない人だ、刀を持っている、危ない人かもしれない。
だけど、あろうことか私の家の前、このまま無視すればお隣さんが驚く。大家さんが驚く。
そして何より、こんな寒い日に人が倒れているのにこのまま放置はありえないだろう、
だが刀を持っている。
もしこの人が危ない人で、何かから逃げてるヤクザか何かで、救急車で運んだと同時に警察に逮捕されて、私のせいで捕まるであろうこの人がその後釈放されたら……もしかしたら、いやきっとこの人は私を恨む、この人に復讐されて殺されてしまうかもしれない……!?
ぐるぐると色々な考えが巡ったあと、私はごくりと喉を鳴らした。
とりあえず、このままにはしておけないから私の家に匿おう。