第17章 小さな火
「…ただいまです」
「ああ、おかえり。」
時刻は19時。麻衣が仕事から戻った。俺は麻衣の声に返事をする。そろそろ夕食である。
「ふぅ………」
「む、どうしたのだ。麻衣。」
「…なんでもないです」
麻衣の声に元気がないように見えた。気のせいかとも思ったが、普段、麻衣は家に帰ってくると上機嫌に鼻歌を歌って夕食の準備をするのに、今日はそれがない。あろう事か、溜め息をついている。
麻衣は俺に返事をしたあと、何も言わずに鞄を玄関に置き、台所へと立った。いつもより静かな部屋の中に俺は違和感を覚える。なんでもないと言う割に明らかに様子がおかしい麻衣に首を傾げる。
台所に立つ麻衣へ目をやると、姿勢が悪い。背が丸まって、心なしか小さい。
俺は立ち上がり、台所で夕食の準備をする麻衣の隣に立った。姿勢が悪いと、調子が崩れるものだ。姿勢を正せば自ずと前を向く。俺は麻衣の背中に手を当て、軽く叩いた。
「麻衣、姿勢が悪いぞ、もっと胸を張れ。」
「………」
「麻衣?」
麻衣は口を噤んだまま何も言わない。いよいよおかしいと顔を覗き込むと、何やら落ち込んでいる様な浮かない表情をしていた。
「杏寿郎さん……」
俺の方を見ると、麻衣が瞳に涙をため始める。俺は面食らってしまう。どうしたというのだ。
「麻衣、どうした。」
「うっ…ぅ…」
俺が視線を合わせると、麻衣は静かに泣き出した。麻衣の話を要約するとこうだ。今日、会社で小さなミスをしたらしい。周りの人間に怒られはしなかったものの、自分の反省すべき点などを思い浮かべては、自分の不甲斐なさに落ち込んでいたようだ。
麻衣はひと通り話すと、少し落ち着いた様子で俺の渡したティッシュで鼻をかんだ。
「今日の夕食は何と言っていたか。」
「…今日はハンバーグです。」
「ああ!あの柔らかい肉だな!」
それならば一度共に作ったことがある。そう思った俺は腕まくりをした。麻衣が涙を拭きながら不思議そうに俺を見る。瞳が少し赤くなっている。俺は麻衣に向き直った。
「今日は俺が作ろう。君は座っているといい!」