第16章 氷菓
「何を買おうかな〜」
近くの店に着くと、麻衣は中の冷気が漂う一角に釘付けになった。店内は年配の男が一人で店に居るのみで、客もいない。この時間まで勤務するとは、御苦労である。俺は店の男を一瞥すると、麻衣の隣に立って視線の先を追った。
「これは…?」
「これがアイスですよ!杏寿郎さん!さすがに知らないことは無いでしょう?」
「む…だが、俺は馴染みがない。氷菓か?」
「あ、そうです!」
俺は麻衣が色とりどりのパッケージに目移りするのを眺めた。なかなかに決めかねているようだ。
「うー、迷っちゃいますね」
「全て買ったら良いだろう。」
「違うんですよ、こういうのはちゃんと選んで1つを買うのがいいんです!」
「?そういうものなのか」
麻衣はそう言うと、とある氷菓を手に取って俺に見せた。その手元にあるものに俺は首を傾げる。パピコと書かれている。
「杏寿郎さん、2人で半分こしましょうか!」
「どのような風味なのか想像がつかないな」
「シンプルかつ、繊細な味わいです」
「む…」
レジに向かって会計をする。麻衣が店を出るなり、その袋を切って中に入っているものを取り出すと、手で中のものを2つに割り、俺にひとつを差し出してきた。
「はい!こちらが杏寿郎さんの分です!外、少し暖かいですし食べながら帰りましょ」
そう言って小さな輪に指を入れると蓋のようなものを取り除いた。俺もその様子を真似て同様に取り除く。露になった吸い口を口に含むと、滑らかな食感と共に上品な甘みが口に拡がった。
「うまい!!!」
「しー!もう夜ですからね!杏寿郎さんっ」
「はははっすまない!」
楽しい気分だ。綺麗な月と、隣に麻衣と、美味い氷菓。なるほど、このようなことも、悪くは無いな。
「気に入ってもらえて良かったです。」
氷菓に触れて冷たくなった麻衣の手を取り、再び夜の道を歩く。この時間が、いつまでも続けばいい。今まで夜は俺にとって鬼と闘う時間だった。その何よりも冷たかった時が、氷菓が口の中で解けるように、ゆっくりと消えていく。麻衣との時間で温められる。きっと、そんなことを隣にいる君はきっと知らないのだろうが。
隣の麻衣を見た。すると君は「また食べましょうね」と愛しく微笑むのだった。