第2章 Episode:02
「はどこか行きたいとこある?」
前髪で隠れた目を覗き込むようにじっと見つめられて。
一瞬、自分が息をするのを忘れていたのが分かった。
(……)
、。
今だかつて、こんなに当たり前のように優しく名前を呼んでくれた人が居ただろうか。
いや、居ない。
血の繋がりがあるはずの存在にすら、こんな風に呼ばれたことがなかった気がする。
刻み込むように心の中で何度も何度も繰り返すたび、その響きに、その、特別なような響きに、涙が出そうになった。
勿論嬉し涙。野薔薇ちゃんと居ると、いつも泣きそうになる。
「…?どうしたの?」
「!やっ……な、なんでもない、ごめっ…なんか…」
黙り込んでしまった私を気遣うような問いに、慌てて首を横に振る。
違うの。ただ、ただ。
「名前、呼んでくれたのが、嬉しくて……」
すごく、すごく、嬉しくて。
そう正直に言ったら、そっか、と野薔薇ちゃんはふっと頬を緩めてくれた。
(……しあわせ、)
あぁ、幸せ。
言葉にするなら、こういうのを幸せっていうんだろうな。
こんなに胸いっぱいの幸福感、初めてだ。
明日も頑張ろう。
心の中で呟いて、自分の内に生まれた仄かな光を掴むように、胸の辺りでぎゅっと拳を握り締めた。
*