第14章 姫さん、特訓する
「夫婦みたいですよね」
「は?」
「うん?」
「はい?」
「はぁ?」
秀吉と光秀の仲の悪さを一通り聞いた華音はぽつりと呟いた。
「……一応訊くが、誰と誰が?」
「秀吉どのと光秀どのが」
あまりにも突飛過ぎる発言に、蘭丸は咀嚼の途中だった饅頭を一気に飲み込んだ。
噎せなかったのが幸いである。
「あ、いや別に相思相愛とか褥を共にする関係だとか思っているわけじゃないです」
「流石にそこは疑ってない」
自分の発言が言葉足らずだったことに気づいた華音はすぐに補足を入れる。
しかし夫婦発言は取り消さなかった。
「私が一番に思う夫婦は両親なんですが、両親は性格がまるで似ていないんです。父は正義感が強すぎるあまりに周りを巻き込む。母は全て考えて行動するあまり周りを頼らない。父は辛い酒が好き、母は甘い酒が好き。父の短所は母の長所、母の短所は父の長所。そうやってお互いの足りないものを補い合っていたんです」
「それがあの二人の両極端に通じるものがあると?」
「はい」
人によって夫婦の形はさまざまだ。
現代で言うところの“ラブラブ”だったり“ケンカップル”だったり。
両親の影響を受けた華音にとって、秀吉と光秀の相容れなさは夫婦のそれに似ていたのだろう。
華音の言いたいことは分かった。
だがしかし、しかしである。
「だからといって夫婦はない」
「確かに信長様がいる限り秀吉どのは一生独り身な気がします」
「違……くはないけどそうじゃなくて」
「華音様の理屈もだいぶ極端だよ」
華音の言っていることは決して間違ってはいない。
むしろ、子供や老人が何気ない一言で核心を突くような鋭さすら感じる。
しかしあまりにも極端すぎるのだ。
「あれ、そういえばその光秀様は?」
「蘭丸くん達が来る少し前に出て行った。今日はもう終わりだからって」
「光秀のことだから、俺達が来るのを見越してたかもな」
「にぎやかなのは得意じゃない人ですしね」
「………」
華音は、先程まで使っていた手拭いと水桶に目線を移した。
手合わせが終わった後にこれらを持って来てくれた人物の匂いが、かすかに香った気がした。