第12章 月の国の一族
「戻りました…華音、空臣は?」
「帰った」
「帰った」
単純明快な回答に思わず復唱した家康。
「つい先程親が迎えに来て、軽く挨拶して帰って行きました」
華音から出されたお茶を飲んで一息つく。
彼女の淹れる茶はどこかの三成と違って安定しているため、家康は安心して飲むことができる。
「親って?」
「継国陽臣様です」
家康は初めて湯呑みを落とした。
「珍しいですね」
「…あの人が城に来る方がありえない」
手拭いで溢れた茶を拭っている華音に、家康は絞り出すような声で言った。
「…信長様、秀吉さん、本当に師は…陽臣様が来たんですか」
「なんの前触れもなくな」
「そして何事もなかったように去って行った」
秀吉はどこか遠い目をしながら応えた。
その様子を見て、師範だと確信したように呟く家康に華音は、あの人は一体家康どのに何をしたんだろうと思わずにはいられなかった。
「___家康どの、陽臣様は…貴方の師範はどんな方でしたか」
「…あんたは俺のことをどこまで知ってる?」
「家康どのを熱烈に敬愛する方達から大体のことは聞いています。噂の方もいくらか聞いたことはありますが、光秀どのを優男と称していた時から信用していません」
気になる単語はいくつか聞こえたが、とりあえず自分のことはある程度知られていると判断した。
ただでさえ良い思い出が少ない過去をわざわざ話すほど割り切れてはいないし、華音も家康の口から聞く気はない。
「…今川家にいた時、俺と義元様の師範だった。弓を教えてくれたのも師範だ」
「なるほど。それで」
「あんたはなんでそんなこと知りたいの」
「陽臣様が母に似ていたからです」
本心だった。
華音の継国の名は、確かに母方から来ている。
だが、血縁だけではないようなものも感じたのだ。
強さも、美しさも、最強と背負わ“された”ことへの憎しみも。