第12章 月の国の一族
「尻叩き千回?いいなそれ、やってやろうか。空」
「「「!!?」」」
突然、どこからともなく聞こえた声に皆が驚く。
そして声が聞こえた方を振り返ると、一人の男が信長の脇息に肘を乗せて寛いでいた。
「……父上」
驚愕と動揺、そして畏怖の情が込められた声が空臣から漏れる。
男はとても美しかった。
空臣のようなあどけなさが残る顔立ちとはまた違い、妙齢とも青年ともとれない雰囲気が逆にとてつもない色気を醸し出している。
自慢ではないが、今まで数多の美しいと言える女を見てきた信長と秀吉にとっても衝撃だった。
こんなに美しい男がこの世にいたのかと、不覚にも呆気にとられた。
「初めまして織田信長。この度はうちの莫迦息子が迷惑をかけた」
「…ほう、貴殿が空臣の父か」
「ああ。継国陽臣だ」
陽臣と名乗った男はゆっくりと立ち上がり、信長達の方へ歩み寄った。
この場にいる何人が気づいただろう。
少なくとも華音と空臣には分からない。
今、恐ろしいことが起こっていた。
将軍ですら、上座に座り信長の脇息を使うのを是としない信長が、陽臣相手には怒りの気配の欠片も見せないのだから。
それどころか、初めて華音と会った時と同じような好意すら感じる。
初対面なのに“貴様”ではなく“貴殿”と呼んでいるのも。
「それと、竹千代と彦太郎も世話になっている」
「ではやはり貴殿が、彼奴らが言っていた“師範”か」
「懐かしい呼び方だな」
陽臣はうっそりと目を細める。
その穏やかな笑みは今まで見たことがないほど美しく、そして誰かに酷似していた。
「奴等を呼ぶか?」
「いや、また今度にしておく。今日の用向きはこの莫迦息子とそこにいるお姫様だ」
陽臣は空臣の頭を掴み、華音の方を向いた。
予想していたのか、華音に驚愕や動揺の目は見られなかった。
「初めまして、俺は継国陽臣」
「…お初にお目にかかります。私は継国華音です」
「!」
「はぁ!?」
華音はいつか言おうとは思っていたが、このような形で言う事になるとは思っていなかった。
しかし、ここまで来れば話さなければならない。
自分が“どこから”来たのかを。