第10章 絡みついた刻の糸は、月の国の禁忌に触れる
「謙信、どうして継国陽臣殿が天女と呼ばれることを嫌っていたのか訊いてもいいか?」
「…何故お前がそんなことを気にする」
「姫の正体が判る気がしたからさ。お前だって薄々気づいているだろ?あとは単純な興味だ」
信玄は華音とのほんの少しの会話と謙信からの話だけで、華音と陽臣が無関係ではないことに気づいた。
華音とも陽臣とも交流のある謙信が、それに気づかないはずがない。
「幸も佐助も気になるだろう?」
「別にあんなイノシシ女…」
「俺ももちろん知りたいですよ。それと幸村、華音さんは昔森に放り込まれた時猪に囲まれたけど五体満足で生還したらしい」
「……なんかすまん」
本能寺の夜での幸村と華音の出会いはまあ強烈であった。
是が非でも信長達から離れようとした華音は、崩れ落ちそうになったところを幸村に助けられた。
あの時の奇行から幸村は華音をイノシシ女だと言うが、実際のところ華音は猪よりも手強いというのが佐助の見解である。
無駄話はこれくらいにして。
「…今から話すことは他言無用だ。俄かには信じがたいことだからな」
前置きを言って、謙信は一呼吸置いて語り出した。
「幼少の頃に読んだ寝物語を覚えているか?竹から生まれた月の姫の話だ」
「竹取物語だろう?もちろん覚えているさ」
竹取物語。
佐助や華音が生きた500年後でも聞いたことのない人はいない有名な著作である。
竹から生まれたかぐや姫は貴公子達や帝の求婚を跳ね除け、月へと帰ったのが筋書きだ。
「その作り話がどうかしたんすか?」
「作り話などではない。かぐや姫は実在した」
「「「……!?」」」
謙信から告げられた言葉に三人は驚愕する。
前置きは聞いていたが、まさかこれほど信じがたい話だとは思わなかったのだ。