第10章 絡みついた刻の糸は、月の国の禁忌に触れる
一連の出来事を聞いて黙った彼らの中で一番に口を開いたのは、意外にも家康だった。
「…つまり華音は、二重に拐われたってこと?」
「………」
少年はバツが悪そうな顔をしながら頷く。
家康の言葉は的を得ていた。
最初は少年に拐われ、次は賊に拐われた。
「…でも俺は拐ってどうこうするつもりはなかった。確かめたいことがあったってだけで
「それで?」
言い訳など許さないと言わんばかりに、光秀は少年の言葉を遮った。
らしくない行動に秀吉は僅かに目を見開く。
「それであの娘は何と言った?」
いつもの誘導尋問の言葉ではない。
ただ純粋に、怒りを感じた。
「どうなんだ。有無を言わせず連れ去ったのか」
元はと言えば、少年が華音を連れ去ったのが元凶だ。
そのことに気づいた少年は返す言葉もなく俯く。
「……あとで、いくらでも謝る。だから、あの人を助けてください…お願いします…!」
少年は一度顔を上げ、再び頭を下げて懇願する。
彼は今、“後で謝る”と言った。
つまり、目の前にいる権力の高い6人の武将にではなく、華音にということだ。
己の過ちと華音の状況を理解し、謝らなければならない相手を履き違えず、己では足りない力を貸してほしいと頭を下げる。
幻想的な美しさが霞むくらいに生真面目で聡明な少年に、彼らは既視感を覚えた。
「相手の特徴は?」
「…え?」
「だから、相手の特徴だろ。お前しか見てないだろうが」
「あ、ええっと」
少年は慌てて記憶を掘り起こし、華音を拐った者達の特徴を教えた。
「…おい、そいつらって西の小国のじゃないか」
「少し前に謀反を起こした奴等ですね」
「縁があった地がいくつかある。隠れ蓑にはもってこいの場所もあるだろうな」
「信長様、御前失礼致します」
政宗、家康、光秀、秀吉、そして三成が退室する。
部屋に残ったのは信長と少年のみ。
「童、貴様の名は」
「…空臣」
「空臣、“俺達は”俺達のものを取り戻しに行く」
そう言い残して、信長も部屋を出て行った。
(…“俺は”…!)
空臣は足を踏み出し、信長達の背中を追った。