第8章 姫さん、探し人になる
「……お前は信長の女ではないのか」
「…申し遅れました。華音と言います。佐助くんとは“同じところ”で生まれ、現在は安土城に身を置いております」
「本能寺の一件に関わりのある女ならば戦の火種に使えるかと思ったものを」
「謙信様、問題発言をしないで貰っていいですか」
「……残念ながら私は本能寺での信長公暗殺には関与しておりません。むしろ私が訊きたいぐらいです」
「ほう」
「へえ」
普通の町娘は、謙信を見たらまず怯む。
信長の持つ威厳とはまた一味違う、氷のように冷たい威圧が背筋を凍らせるから。
しかし、華音は謙信相手でも全く怯まず、動揺する様子も見せなかった。
これには謙信も一目置く。
「では俺も名乗ろう。俺は越後の春日山城の主 上杉謙信」
死んだと聞いていた者が本当に生きていたこと、その謙信が自分から名乗ったことに華音は目を見開く。
「この安土で俺たちに相見えたと密告したくばするがいい。この越後の龍、戦に飢えていたところだ。剣を交えるなら何人が相手だろうと受けて立とう」
「…一応片手が塞がっている状態なので、抜刀するのやめていただけますか」
愛刀の姫鶴一文字を抜いた謙信に対して、華音は空いている方の腕をひらひらと軽く振って無防備であることを主張する。
面倒事はごめんだと言わんばかりに、端正な顔を僅かに歪める。
剣を見せても怯えた表情は見せない華音に、幸村の主は感心した。
「俺は武田信玄。人呼んで“甲斐の虎”だ。ただ俺は謙信と違って今すぐここで刀を抜くつもりはない。君という可愛らしいお嬢さんと出会ってしまったからな」
「………」
呆れた表情をする男三人に対して、華音はただ信玄の顔を穴が空くほどじぃーっと見つめた。
決して見惚れているわけではないことは、誰の目にも明らかだ。
だんだんと居心地が悪くなってきたところで、華音は口を開く。
「今まで信長公と戦を起こしたのは、可愛らしい女性がいなかったからですか」
答えが分かりきっている質問で返したことに、信玄は初めて表情を変えた。
「……どうやら、君に口説き文句は通用しないらしい」
信玄が、華音をただの娘だと見做さなくなった瞬間だった。