第8章 姫さん、探し人になる
「幸」
男が幸と呼んだ青年、もとい真田幸村は、主の姿を確認すると早足で店内に入る。
店の影にいた華音には気づいていない様子。
「いつのまにかいなくなったと思ったら…また女引っ掛けて甘味ですか!」
「ひどい言い方だなぁ幸村」
全くその通りである、私は引っかかっていない、と華音は男に同意する。
しかし本から目を逸らさない。
眼鏡もかけたままである。
おかげで幸村はまだ気づかない。
佐助は途中で気づいたようだが、華音が三人が目線を自分達から外した一瞬の隙に人差し指を口に当てて“シー”のジェスチャーをされ、黙っておくことにした。
「麗しい姫がいたら男は口説くだろう?」
「下らない…よくすらすらと息をするように口説き文句が出るな」
本能寺の夜以来に聞いた声に、華音は僅かに反応してちらりとその男の方を見る。
青と緑のオッドアイに淡い金髪の美しい男だった。
その時、ナイスタイミングで店主が華音の茶菓子を持って来た。
「侍嬢ちゃん!出来たぜ」
「ありがとうございます」
「毎度ありっ!」
華音から代金を受け取った店主は奥へと去って行った。
ここで初めて、幸村は華音の姿をしっかり見る。
「……あ"ッ!!華音!?」
「はい、こんにちは幸村どの。佐助くんも」
「やあ華音さん」
華音は幸村と佐助に挨拶をして眼鏡と本を懐に仕舞う。
「何だ幸、おまえの方が姫を引っ掛けてたのか」
「違いますよ!華音もなんで最初から言わなかったんだ!」
「いつ幸村どのが気づくかなぁと、時間測ってました。126秒」
「幸村、2分間同じ空間にいて気づかないのはちょっと…」
「ちょっとって何だよちょっとって」
確かにちょっと、である。
何故なら、華音は一目見ればまず忘れることはない容貌をしているから。
女物の着物を着て着飾ればさぞ美姫になるであろうに、身につけているのは袴。
しかしこれはこれで、女性にしては背の高い華音の凛々しさと穏やかさが垣間見えて似合ってはいる。
店主の“侍嬢ちゃん”は、言い得て妙というやつだ。